が姫発に氷壁を張っている、丁度その頃。
天化と敵――魔家四将は、建物の屋根に上がっていた。


「何だい……広い場所の方が戦いやすいってことかい!? 余裕かましてると痛い目を見るさ!」
「それは違う。我々は現実主義者でね。……ん? あの女……」










第41話
 ―攻めと護りと










「ほう……なかなかやるな」


呟く敵の視線の先には、彼らが狙う武王と、その武王姫発に氷壁を張るの姿。
二人を一瞥すると、一番小さい男がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる。


「……ああいう厄介な子は、先に潰しとかなきゃね……」
「! 行かせねえさ!!」


叫ぶと同時に、天化は軽く身を躍らせ敵へと斬りかかる。
相手の剣士――礼青も即座に反応し、互いの剣が甲高い音を立ててぶつかった。


「若いがいい太刀筋だ、黄天化……。しかしこの青雲剣は、ただ斬れるだけではない」


顔色一つ変えない礼青が、静かに言い放った瞬間。
――その太刀を受け止めた筈の天化の体から、鮮血が迸った。


「(な……に!?)」
「わかったか? 青雲剣の刃は一つではない。ひと振りで幾重もの切っ先が現れ、敵を斬り刻む……」


衝撃で倒れた天化を見下ろしながら、告げるともなしに口にする礼青。
痛みに歪む天化の顔から目を離さずに、礼青はその注意を後ろに向けた。


「……礼紅!」
「あぁ」
「礼青、下は早めに終わらせろ。もう完成しかけている」


礼紅、と呼ばれた男が天化に近づき、その大きな傘型の宝貝で天化を屋根に押さえつける。
天化を礼紅に任せた礼青は、地上へ――武王とへと足を向けた。


「ちっくしょ……! 待て!!」
「そう焦るな。お前はあの女を片付けてからだ」


礼青は天化を一瞥してから踵を返し、ひらりと屋根から飛び降りた。
どうにか抜け出し止めようと暴れる天化に、礼紅の傘に掛ける力が強くなる。


「ぐっ……ちっくしょう……!!!!」










一方、地上では。


「よしっ……あと少し……」


球状の氷壁もあと上部を少し残すだけとなり、うっすらと額に汗をかいたが呟いた。
胡坐をかいた状態でを見つめる姫発は、彼女以上の脂汗を浮かべ、緊張した面持ちで彼女を見守る。
ふと、氷壁に殆どの意識を向けていたが、ぴくりと肩を震わせた。


「(さっきの嫌な気配が一つ……)」
ちゃんっ!! う……後ろに敵が……」
「!」


氷壁の完成を優先したが再び意識を氷壁に戻せば、目の前で青ざめた姫発が呻く。


「(……そりゃー、生身の人間には仙道の戦いはツラいよね)」


切羽詰った状況の中、当たり前の事を思い出して、は内心苦笑する。
がちがちに身体を固くした姫発に視線を向けると、はこの場にそぐわない、穏やかな笑顔を向けた。

――敵は既に、自分達の背後にまで迫って来ている。
今想定している戦術が通用するかは分からないけど、もう強がってなきゃやってられない。


「大丈夫……発っちゃん、静かにしててね」
「っ……、お、おう……」


……自分は今、左手の双輪雪に集中して、氷壁の最後の仕上げにかかっている。完成までは動けない。
右手に握るは煽鉾華。後ろには、青雲剣を構えた魔礼青。
次の瞬間には……氷壁が完成する前には、仕掛けてくるだろう――。


「……武王は渡してもらおう。死ね」


の予想通り、先に動いたのは礼青。
呟かれた言葉が空気を揺らすと同時に、一陣の風が吹いた。

――剣特有の金属音が響いた、一瞬後。


「なっ……!!」
「っ痛……」
ちゃんっ!!!!」


「……仕留めたと……思った?」
「………」


青雲剣を後ろからまともに受けたはずのは、倒れることなく礼青と対峙していた。

一旦下がった彼の手には、紅が点々と残る青雲剣。
礼青と正面から対峙するの手元には、花びら部分をめいっぱいに広げた煽鉾華。
彼女が背後に庇う氷壁は、今や完全な球体となり、武王姫発を守り閉じ込めている。


ちゃんっ!! せ、背中!! 血が!!!!」


目の前に広がる鮮やかな紅色に、姫発は声を震わせる。
彼を覆う水晶のような氷壁にも点々と飛び散っている、見慣れぬ色。
彼はつうっと眼前を伝うそれを震える手でなぞり、の背を見つめ、ゆるゆると弱々しく首を振った。

――対して、の方は未だ冷静だった。


「発っちゃん、動かないで。氷壁が……維持できなくなっちゃう……。私はまだ、だいじょぶだから」


普段と同じ高さの落ち着いた声。しかし、普段の彼女が纏う柔らかい余裕は、流石に見られない。
それでもは姫発に背を向けたまま口端を上げ、目の前の剣士に強気な姿勢を見せた。


「あーあー、よっくも服破いてくれたわね……」
「ほう……まだ無駄口を叩く余裕があるか。どうやら、女だからと甘く見ていたようだ」
「……!!」


――言葉の途中で、礼青は再び地を蹴った。

素早い動き、幾重にも分かれる切っ先、強い力。
何度も何度も、角度を変えて執拗に向かってくる青雲剣の刃。
対するは、鉾型にした煽鉾華で、攻撃を受けつつ隙を探す。

その場に響く金属音は、鳴り止むことが無い。
激しい応酬は、周りからの干渉を許さない。
氷壁の中で姫発が固唾を飲んで見守る中、互角と思われる攻防は絶え間なく続いた。


「(やりづらいわね……)」


――剣術は、得意だ。
道徳や玉鼎、黄竜らに散々鍛えられ、天化や木タクと対等以上にやりあってきた。
素早い剣、力強い剣、激しい剣、静かな剣……。様々なタイプを相手にしてきた。

持久力も、無いほうではない。
普段から平気な顔で、崑崙中をマラソンしたり、煽鉾華で飛び回ったり。
手合わせだって、一日に何試合もやってきた。

瞬発力とスピードは、自分の武器。
生まれつき、その能力は割と高かったらしい。
それを生かせるように修行に明け暮れ、今や崑崙一と言って貰える程。

……でも、今回は――。


「(せっかく霊気満タンにしといたのに……氷壁の維持に全部持ってかれて……ってか、むしろ足りてない)」


の小さな舌打ちに、礼青はわずかに眉根を上げた。

彼女が氷壁を張るのに使った力は、ざっと手合わせ数回分。
維持にも霊力を使うそれは、敵の攻撃を受けながらも、手元の双輪雪からじわじわと力を奪っていく。
奪われた力と宝石に溜めておいた力で、“今のところ”“何とか”維持しているそれ。


「(やっぱ私、防御系は向いてないかもね……フルパワーで戦えば、こんな剣士、相手じゃないのに……っ!!!!)」


礼青の捲し立てるような容赦無い攻撃に、は完全に防戦一方。
その上、蓄積してきた疲労のせいで、徐々に反応が鈍くなる。
受けきれない斬撃によって、足元には赤い染みが増えていく。
またひとつ、ぽたりと大きく地に落ちたそれを見やり、礼青はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「フン、さっきまでの強気はどうした……」
「ちっ……」

「(斬風月で後ろからも攻撃できたら……。でも片手離したら煽鉾華吹っ飛ばされるだろうし……)」


このままでは埒が明かないと、攻撃を凌ぎつつ何とか打開策を模索する。
しかし、受けて防ぐだけで精一杯の状態の中で、その行為は一瞬の隙を生んだ。

その隙を、やすやす見逃してくれる相手ではない。


「終わったな」
「(!! ま、ず……!!!!)」


真正面に居たはずの礼青が、の視界から一瞬消えた、その次の瞬間。


「っ、痛ぅっ……」
「……ちゃんっ!!!!」


――の白い肌に、身に纏う白い服に、鮮やかな紅い大輪の華が咲いた。




<第41話・終>

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あとがき