ちゃんっ!!!!」


ついに一瞬の隙をつかれ、の脇腹に青雲剣の幾重もの切っ先がのめり込んだ時、はらはらと見守っていた姫発がつい立ち上がる。
氷壁が歪むのを感じたは、反射的に意識も力も大部分をそちらへ向ける。

――その歪みが収まると同時に、青雲剣の切っ先が、の背中を捉えた。










第42話
 ―足りなかったチカラ










「終わったな」
「……っ!! ちゃん―――!!!!」
「(ごめ……発っちゃん……私……)」


激しい衝撃と痛みに飲まれるように、は意識を手放した。
呆然と立ち尽くす姫発を一瞥すると、礼青は無言で踵を返す。

形を保ち直した氷壁は、礼青が崩れ落ちたを担ぎ上げたその瞬間、いとも簡単に崩れ去った――。










「さて……」
「……え?」


――場所は再び屋根の上。

気を失ったをぞんざいに担ぎ上げた礼青は、彼女を天化の真横へどさりと投げ落とす。
混元傘に押さえつけられ、飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめていた天化は、似合わない紅を纏う姉弟子を見て、一瞬、全身の痛みを忘れた。


「……ん……な、バカな……」


表情を失くした天化の口から、掠れた声が零れ落ちる。
予想だにしなかった状況に、名前を紡ぐ事すらままならない。


「……嘘、だろ……? ? ……っ!!!!」


――呼び慣れたその名を、こんな風に呼ぶ羽目になるなんて、考えたこともなかった。
手を伸ばせば触れられる距離で叫んでいるにも関わらず、はピクリとも反応しない。

内側から輝きを放つかのような藍色の髪は、その光を失っていて。
額に映える鮮やかな水色は、鮮血に覆い隠されて。
一旦捕えられると逸らせない瞳は、閉ざされた瞼の下に隠れている。

の周りに、尚もじわじわと広がりゆく血溜まり。
ぼろぼろになったカッターシャツの間から見える、紅く深い傷跡。
形良い唇は青白く、そこから微かに漏れる呼吸は浅い。


「(まだ……まだだ、大丈夫、は未だここに居る、光に包まれたりもしてねぇ、けど……!!)」


――剣術は、最近漸く、互角、と言えるまでになった。
そうは言っても、同い年の男女での、『互角』。

持久力は、自分の方が上。
しかし、その差が目に見えるのは、崑崙一周マラソンくらい。

瞬発力とスピードは、明らかにの方が上。
身軽なせいもあるだろうが、こればかりはどう頑張っても敵わない。

つまり、総合的に見ると、まだまだ超えられない壁なのだ。
……この姉弟子は。

それなのに――。


「……〜〜〜っ……ちっくしょおぉぉ……!!!!」


礼青はと天化を無表情のまま見下ろしながら、再び青雲剣に手をかける。
礼紅はそれを見ると、他の二人を伴い、武王の居る地上へと足を向けた。


「……のやろっ……!!」


漸く混元傘から開放された天化は、渾身の力を振り絞って飛び起きると、莫邪を礼青へと向ける。
そんな天化を礼青は片足で軽くあしらい、屋根に仰向けに押さえると、青雲剣でわざと関節を狙って斬りつけた。


「うあ……!!!!」












「ちくしょう……どこにいやがる宝貝使い!! またあれが動き出す前に見つけねぇと!!!!」


――城壁を人間離れしたスピードで駆け抜けるのは、周側の二人の天然道士。
遥か後方には、先程の爆発音の根源である、くじらのような形をした敵の巨大宝貝。


「仙人を見つけるんですね、お師匠さまっ!!!!」
「うむ、たのむぞ武吉!!」


走りながら叫ぶ武吉に、上空から答える太公望。
四不象に跨り思案していた彼の表情は、徐々に険しくなっていく。


「まて……! まさか姫発のところに……!? いや、しかし……あやつには……」


――姫発の傍には、が居る。

一応『育ての親』という立場には居るが、実際、『娘』という感覚は余り無い。
封神計画に出ていて、長いこと仙人界に居なかったせいもあるが。

仙人界に戻った際に再会したは、崑崙幹部たちに見事に育て上げられていて。
その数年後、自分の前に現れた彼女は、更に成長し、立派な道士になっていた。

それから今までを見てきたが、最早彼女は嘗ての小さな娘ではない。
溢れんばかりの能力と才能を持った、信頼のおける……部下、と言っても良い。
……この表現は、どこかしっくり来ない所もあるが。

とにかく、が姫発に付いているのだ。
が居るなら、大丈夫なはず。

……そう思う反面、妙な胸騒ぎは一向に消えない――。


「あっ!! お師匠さま、あそこ!!!!」
「!」


武吉の声で我に返り、太公望は視線を上げる。
凄まじい視力を持つ武吉が指差す方に顔を向ければ、一際大きな建物の屋根と、その上に小さく見える四人分の人影。
遠目にも何とかシルエットを捉えた太公望の頬を、つうっと一筋冷や汗が垂れる。

……悪い予感は、的中してしまったようだ。
見覚えの無い三人組に囲まれているのは、信頼のおける護衛を付けておいたはずの人物だった。


「姫発!!!!」
「す……すまねぇ太公望!」


敵の動きを警戒しつつ、太公望は慎重に姫発に近付く。
自身の中で膨らむ更なる悪い予感を感じつつも、太公望は姫発に向かって声をあげる。


と天化はどうした!?」
「あ……ああ……それが……」


痛みに耐えるかのように顔を顰める姫発の視線を辿れば、向かいの屋根に横たわる二人の人影。


「天化!!!!」
!!!!」


武成王と太公望の叫びにも反応しない二人は、身体中を斬りつけられ、気を失って寄り添うように倒れている。
血の海に沈みゆくかのような二人の傍らで、魔礼青が太公望の姿を認めて声を上げた。


「この三人の命と引き換えに、周の道士は皆投降してもらう。太公望と黄飛虎、それとそこの武吉という天然道士の三人だ」
「……分かった……ただし、あの巨大な宝貝で民を傷つけるのは止めよ。それを約束できぬなら、わしは三人を犠牲にしてでもおぬしらを殺す!」


体中から迸るほどの怒りを抑えつつ、太公望は静かに言う。
敵はそんな太公望を正面からしっかり見据え、「約束しよう」とはっきり言った。
彼等の言葉を確認すると、太公望は屋根に降り、四不象に声を掛ける。


「スープーは仙人界へ戻れ!」
「ええっ! いやっス!!」


主人の命令を拒否する四不象に、太公望は小さく耳打ちをする。


「ナタクと楊ゼンを呼んでくるのだ」
「わ……分かったっス!! 御主人それまで気をつけるっスよ!!!!」


太公望の意図を理解した四不象は、最高速度で崑崙山を目指して飛び立った。




<第42話・終>

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あとがき