西伯公姫昌死去の後、西岐は殷からの独立を宣言した。
豊邑を首都とし、姫発を『王』とした国家――周。
初代国王となった姫発は「武王」を名乗り、姫昌は「文王」と諡(おくりな)された。
そしてここに、紂王vs武王、金鰲vs崑崙の対立が、はっきりしたのである。

――避けられない戦いが、始まろうとしていた。










第40話
 ―魔家四将










「おおっ、ちゃん、今日はいつもと服の感じが違うなぁ……そういうのも可愛いぜっ!」
「そ? ありがとっ! ……いつ敵の仙人が来てもおかしくないから、なるべく動きやすい格好がいいと思ってさ」


……西岐、改め『周』。

西伯公として姫昌が治めていたとはいえ、殷の一地域に過ぎなかった西岐が、『王』をたて、『国家』を名乗った。
これは、言うまでも無く殷への謀反。いつ正規軍が“討伐”に来てもおかしくない。
そんな時、敵に一番に狙われるのはやはり武王・姫発。西岐の城内を歩く彼に、は今、正式に『護衛』として付いている。


「……あれ、いつもの鞄はどうしたんだ?」
「ここにあるよ。あ、そーだ発っちゃん、預かっててもらえる? 少しでも身軽になりたいし」


口にする内容の割に、穏やかな口調と柔らかい笑顔で姫発に答える
そんな彼女の様子に姫発は表情を和らげるが、傍らの太公望は半ば呆れ気味。


……おぬし、相変わらず緊張感が無いのう……」
「あはは、でも、下手にガチガチするよりはいいじゃない?」


飄々と応えるは、カッターシャツにミニスカートというラフな格好。
鞄を姫発に預けつつ、「これでスピード二割増だよ」とウインクをひとつ。


「しっかし……ちゃんも傍についててくれるのは嬉しーんだけどよぉ……護衛なぁ……。やっぱ男としては、ぷりんちゃんは守ってやる側に立ちてぇ〜!!」
「や、これでも道士の端くれだもん。発っちゃんの言う『プリンちゃん』とは違うからいーんだって」
「いや……ちゃんは……十分すぎるほどの超ド級ぷりんちゃんだぜ……?」


相変わらずだな、と言わんばかりの複雑な表情を浮かべて、一歩手前を歩くの背中を見つめる姫発。
そんな姫発を励ますように肩を叩いたのは、と同じく彼の護衛である天化。


「……ま、安心するさ王サマ! 俺っちもいるんだから、今回はそう簡単には戦わせねーさ」
「んー、確かに今回は珍しく防御係だから、敵さんが氷壁張るの待っててくれればね……だから今、出来る事やっちゃってるんだけど」
「できること? 手元のそれっスか?」
「うん。ちょっとでも余裕持ってやれるようにね……霊気満タンにしとかなきゃ」


くるりと軽快に振り返ったの手に何かを見つけたのは、最後方に居た四不象。

――先日、天化との手合わせ中に偶然見つけた、双輪雪の新しい使用方法。
氷壁と名付けられたそれは、薄いが強度のある球体状の防御壁を張ることが出来る。
あれからは練習を重ね、一応は実戦レベルで使える程度にまで技を磨き上げた。
今回は試験的ではあるが、太公望はに『氷壁による姫発の護衛』を任命した。

は先程から、宝貝に嵌められた透明な宝石を、青白い光を放つものへと取り替えている。
以前太乙に貰った、スペアの宝石。既に溜められるだけ霊気を溜めてあるそれは、かちりという音と共に微かに瞬く。

天化は周囲にあやしい動きがないかと巡回し、太公望は外の様子を窺う。
いざという時に少しでも早く行動できるようにと、準備に余念は無い。

そしてが漸く全ての宝石を取り替え、胸元のネックレスに手を伸ばした、ちょうどその時。


「「「「!!!!!!」」」」

――突如豊邑中に轟く、地響きのような爆発音。
発生源と思われる城壁の方からは、もうもうと土煙が上がっている。

「来た!! 行くぞスープー!!」
「うわぁ……せめてあと五分待ってほしかったわ……」
「聞仲さんっスかね!?」
「さぁのう! 、姫発は頼んだぞ!」
「了解っ!」


太公望は四不象に跨り、煙の上がる方へと飛び立っていく。
そちらに注意を向けつつ、は腰の鞄から煽鉾華を取り出す。
右手に嵌めていた双輪雪も手早く外し、力を籠め、指輪程の大きさにすると、外したネックレスの紐に通した。
は茫然と城壁を見つめる姫発の腕を取り、それを彼の眼前へと差し出した。


「発っちゃん! これ…」
「…………が……は……ザコに用は無い……」
「「!!!?」」


の言葉を遮るように響く低い声。
程なくして、二人の前に降り立った怪しい集団は、姫発を見やりそれぞれに武器を構えた。


「頭さえつぶせばいい!!」

「何だい、あんたらは?」
「………」


訝しげな視線をやりつつ、口を開く姫発。
はネックレスを握り締めたまま、右手に煽鉾華を携え、現れた四人組を観察する。
禍々しいとも言える気配を放つ四人の男は、戦闘力も持っている宝貝も様々だが、強いことには間違いなさそうだ。


「(嫌な予感がする……。コイツら……強さは四聖と同等くらいだろうけど……何かもっと嫌な……)」

「武王姫発! 我々と来てもらうぞ!!」
「(……!)」


口に当て布をした剣士が動いた瞬間、は姫発を庇うように煽鉾華を構え、素早く前に躍り出る。
――訪れるはずの衝撃の代わりに感じたのは、一陣の風。


「……ちゃんと気付いてたか」
「当ったり前さ」


と敵の間に立ち塞がり、敵の剣を受け止めていたのは、見回りに行っていた筈の天化。


「……!! おまえは……!!!!」
「太公望スースの言いつけでね……王サマを守るのは俺っち達の役目さ!!」

「……てっ、敵の仙人なのか? こいつら……」


目の前に現れた天化と剣を構えている相手とを見比べ、漸く状況を把握した姫発が言葉を搾り出す。
彼の頬を伝った冷や汗を見て、はできるだけ穏やかな声を出すよう心がけて、ゆっくりと口を開いた。


「そーね……だから発っちゃん、コレ……」
「うぁああ殺されるああ!!!!」
「ちょっと発っちゃん!! とにかくこれ!! ほら、首出して!!!!」


怯えて取り乱す姫発を押さえつけるようにしながら、は何とか姫発の首に先程のネックレスを掛ける。
暴れる二人の前方では、天化が冷静に敵と対峙している。


、ここは俺っちに任せて、王サマ連れて逃げたほうがいいさ……でも正直言ってやばいさ。四人も来るとは思わなかったかんね……」
「いやだあ!! やっぱり死ぬのかぁあ!!」
「分かった。望ちゃんにも知らせる! 天化、しばらく頼むわよ」


叫ぶ姫発を宥めつつ天化に声を掛けると、は暴れる姫発の襟首を掴み、無理やり煽鉾華に掴まらせる。


「うわあぁああぁぁああぁあああ!!」
「さっさと連れてくさ〜〜〜!!」
「発っちゃん、喋ると舌噛むからね! 飛ぶよ!」


鋭く注意を飛ばすや否や、は煽鉾華を発動させ、床を蹴る。
――瞬き数回分程度の時間の後、二人の姿は既に地上にあった。


「あの女、速いな……」


剣を構える男の後ろで、三人のうち一人が誰ともなしに呟く。
剣士は聞こえているのかいないのか、答えることなく目の前の天化を凝視している。


「ほう……面白い。黄天化の莫邪の宝剣か。偶然俺の宝貝も剣だ。俺の青雲剣とおまえのそれと、どちらが強いか試してみたい」


余程好戦的なのか。本来の目的は三人に任せ、剣士は静かに天化にそう告げる。
それを見た後ろの男が、諦めたように剣士に声を掛ける。


「……分かったよ礼青。その間、俺たちは武王とあの女でも捕まえとくよ」
「させねえさ……スース達が来るまで、何とか足止めしてみせるさ!」








一方、地上の開けた場所へと着地した姫発と
姫発はの指示に首を傾げつつも地面にあぐらをかいて座り、は左手に残る双輪雪を使って氷壁を張っている。
その双輪雪と共鳴するかのように、姫発の胸元で、のネックレスと双輪雪の片割れが青白い光を放っている。


「なぁちゃん……これ、咄嗟に動き辛くねぇ? 大丈夫なのか?」
「その方が立ってるよりも氷壁張る範囲狭くて済むでしょ? その分負担が減るから、長時間維持できるの……」


心配そうにを見上げる姫発に、は双輪雪に集中したまま答える。
彼女の額にうっすらと滲む汗に気付くと、姫発は一瞬ばつの悪そうな顔を浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。


「この場所は……あれだよな、何か考えがあって、ここなんだよな?」
「……うん。発っちゃんが敵さんから見える位置に居た方が、城周辺への無差別な攻撃は減るかもしれないから」

「………そっか、分かった」


口を噤んだ姫発に軽く頷くと、は更に双輪雪に籠める力を増す。


「(私も一緒に入った方が確実だけど、時間的に発っちゃん一人に張るのが限界……)」


――もっと早く張れれば。
もっと自分に力があれば。


「(もっと練習しとくべきだったわね……。しかも何か嫌な視線感じるし……。望ちゃんに知らせに行く暇も与えてくれないか。宛ちゃん呼んどけば良かった……)」


もっと早く気付けば。
もう少し、時間があれば――。


の脳裏に浮かんでは消える数々の後悔。しつこく纏わりつくそれを振り払うように、ふるふると小さく頭を振った。
……今重要なのは、敵が来るまでに氷壁が完成できるかどうか、それだけだ。

はゆっくりと視線を動かし、姫発をその藍色の瞳に捉えると、迷いの無い声で静かに警告を発する。


「何があっても、ここから動いちゃダメだからね。発っちゃんがそのまま動かないで、私の意識があるうちなら、敵は絶対手ぇ出せないから。……いい?」
「あ、ああ……」


いつになく鋭い光が宿る瞳に、温かさの薄れた冴えた声音。
姫発は嫌な予感を感じつつも、たどたどしく二つ返事を返すことしか出来なかった。




<第40話・終>

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