「……あ、お疲れ宛ちゃん! ありがとう!」
「主様、神鷹は?」
「やっぱ駄目だった。……望ちゃん、打神鞭取られちゃってるわ。今から私も上行ってくるから、下は任せるね?」
「御意」










第38話
 ―届く声、響く音










自身の地位と能力を活かし、鳥の大群を見事静めて戻って来た宛雛。
彼と短い会話を交わすと、はふわりと風に乗って太公望の元へと向かった。
ほどなくして見つけた背中は、今まさに四不象と共に空へ舞い上がろうというところ。


「……望ちゃんっ! ごめんね、あんまし引き止めておけなくて」
「おお! おぬしも手伝ってくれ!」


煽鉾華の柄先を軽く持ち上げ、はゆるやかに空中停止。
打神鞭を奪われた太公望は、上空を旋回する神鷹を見据えつつに答える。
彼女の方へと振り返った太公望の手には、先程の強烈な異臭を放つ謎の物体。


「……あのさ、望ちゃん、それ……」
「ふっふっふ、これは超強力な鳥のエサで、鳥の好きな匂いが出ておるのだ! 神鷹といえども、この匂いにつられてこっちに来るはず……。
、わしはこれで神鷹を引き付ける! その隙に奴から打神鞭を取り戻してくれ!!」
「なるほどねー……。了解っ!」


煽鉾華を自由自在に操り空を翔るは、この役目には最適任。
上手くいったであろう崇黒虎対策に、太公望は得意満面。
しかし、その表情も、左手を掠めた風を見て固まった。


「「あ……」」


……その存在に気付いた時には、既に時遅し。


「ぎゃ―――!!!」


少々威力が強すぎたその餌は、一直線に向かってきた神鷹に瞬時に弾かれ、真下に落下。
――哀れ、四不象の額に命中した。


「よしっ、また来るぞ! 、今だっ!!」
「ちょっ、望ちゃん、そこどいて!」
「臭いっス! 痛いっスよーっ!!」
「わ、ちょ、スープー、遠くに向かって飛んで! 一旦振り切るの!!」
「ぎゃあぁぁあぁあぁ! 止めてほしいっス!!」
「落ち着けスープー! 折角の好機がぁぁぁ!!」
「神鷹〜〜〜……」
「悪いなぁ、。あんさん、今は一応敵やからな」


太公望と四不象は神鷹の嘴で容赦なく突かれ、は暴れる彼らに妨害されて思うように神鷹に近づけない。
臭さと痛みに我を忘れた四不象には言葉も届かず、このままでは打つ手無しの状態。


「あーもう、これじゃ埒があかないわよ……仕方ない」


余りの動き辛さに、は一旦彼らから離れて煽鉾華を空中停止させる。
今の倍近くの力を使うが、文字通り自由に『空を駆ける』ことが可能な宝貝・斬風月を取り出し、靴の底に装着した。


「よっし、これなら両手使える!」


は斬風月を発動させ、煽鉾華から飛び降りて空中に立つ。
ふと地上を見下ろして見れば、崇黒虎は武成王と戦っていた。優劣は考えるまでも無い。


「……あっちは大丈夫そうね。こっちも早く終わらせなきゃ!」


パッと力強く宙を蹴り、太公望の元へと走る。
道徳仕込みのスタートダッシュで一陣の風と化したは、彼らが彼女の帰還に気付く前に、その手に打神鞭を取り戻していた。


「はい、終了ー!」
「!?」
「お、おお、! 良くやった!!」
「どういたしまして!」
「臭いっスー! 痛いっスー!!」
「……で、どうするのこれ?」
「うむぅ……」


取り戻した打神鞭を太公望に返すが、餌問題は未解決。神鷹は打神鞭などお構い無しに、相変わらず餌目掛けて四不象を突く事を止めない。
神鷹の襲撃を避けつつ太公望に指示を仰ぐが、有効な手は無いのか、返ってくるのは唸り声ばかり。
ここはひとまず自分だけでも下に戻るべきか、と、は地上の様子に意識を向ける。

……と、そんな時。


「――あれ?」

「むっ? どうした?」
「……ごめん先行くっ!!」
「なっ、!?」


ひとつの新しい気配を感じたは、地上の一点を見つめて固まり、次の瞬間、煽鉾華に跨って矢のように一直線に地上へ向かう。
突然のことに驚く太公望が下降するの行く先を辿ったとき、彼もまた、その目を大きく見開いた。


「ばかな…! 姫昌!!?」








「姫昌さんっ!!」


崇黒虎と対峙する姫昌の背後に音も無く降り立ったは、姫昌の気が安定しているのを確認し、一先ず安堵の溜息を吐く。
しかし、その“気”は、見た目はしっかりとはしていても、一点を突けばガラガラと崩れ落ちそうな積み木のようで。
……彼がもはや体力ではなく、気力と精神力だけでその場にいるのは明白である。


「(……まずいわね……どうしよ……)」


は思考を巡らせながら、静かに姫昌と崇黒虎のやり取りを見守る。

ずっと彼の体調を見てきたものとしては、一刻も早く治療したいほどの状態なのは間違いない。
しかし、今はまさに姫昌が言うところの「流れを変えようとする時」であるのもまた事実。
無理を承知でここまでやって来た姫昌を、今ここで止めるわけにはいかない――。

が無意識で握り締めていた自身の左腕では、双輪雪が淡く青い光を放ち、来るべき事態に備えていた。


「……じきに私の生にも幕が降りる。これが私の最後の仕事だろう。次の歴史をつくる若者たちのために、道を開いておきたいのだ!!」
「(……っ!!)」


ぞくりと、の背筋を冷たいものが走る。
姫昌の言葉以上に彼女が感じ取ったものは、糸が切れるような感覚。


「(……やばい)」


遺された時間は、もう、――。
が悟ったまさにその時、姫昌の体がくらりと傾いだ。


「「姫昌(さん)!!」」
「おやじ!!!」


が、姫発が、太公望が、同時に姫昌に駆け寄る。
膝から崩れ落ちかけた姫昌を、姫発が力強く支えた。


「発……」
「ばかやろう!!こんな所まで来れる体じゃねぇだろが!!」

「………」


俯く姫昌、怒鳴る姫発を見つめながら、は無言で姫昌の背中に左手を当て、双輪雪を発動させる。


「(姫昌さん……)」


――人間に使えるかは分からなくても。
効果は無いかもしれないけど。

左腕で、淡く優しく輝くこの宝貝を見れば。
少なくとも、マイナスには働かない自信はある。

『行動しなかった事に対して』の後悔だけは、絶対したくないから。
……今、自分に出来る事を、精一杯やりきるだけ――。


「西伯公……」


崇黒虎が呟くように言った言葉を、姫昌はしっかり受け止め、顔を上げる。


「己の小ささを知った思いです。恥ずかしいです。俺」


の脳に、再び、ぷつり、という何とも言えない感覚が届く。
反響して響くその音と共鳴するように、姫昌は眠るように意識を失った――。




<第38話・終>

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あとがき