「「競馬大会を開く!?」」
「うむ!!」


姫発の借金を返すため、知恵を貸してやる、と言い出した太公望。
――かくして、競馬大会の準備が始まった。










第35話
 ―象レース、開催!










太公望が競馬大会の企画を出した、数日後。
姫発とは、西岐の城の外れにある空き地で、競馬場の建設工事を行なっていた。


「せー……のっ!!」


掛け声と共に吹き抜ける一陣の風と、それに続く響く軽快な音。
ハンマー片手に競馬場の柵を作っていた姫発は、作業の手を止め声の主に注目を向ける。

すととととと、という連続した軽い音。元あった巨大な丸太の代わりに、小ぶりな材木が地面に整列する。
山積みになったそれを前にして、斧代わりに使った煽鉾華を一振りして細かい木屑を払い、は満足気に息をついた。


「おおっ! 凄ぇぜちゃんっ!!」
「ふふっ、これくらい軽い軽い! 良い修行になるわー、コレ」


ひゅうっと口笛を吹き、歓声を上げる姫発には笑顔で返す。
そんな二人のもとに近づいてくる、一つの影。


「おー、やっておるのう!」
「あ、望ちゃん」
「おう、太公望! 見ろよ! だいぶ競馬場らしくなっただろう?」


姫発の言葉を受け、太公望は改めて競馬場を見渡す。
つい先日までただの空き地だった所が、きれいに均され、柵でトラックが描かれているのを見て、太公望は小さく感嘆の声を上げた。


「なんと……これだけのレース場を作るには、たいそう金が必要だったであろう」
「なーに、スポンサーがいるからな! これで俺の借金は二億さっ!! それに、ちゃんや武吉っちゃんみたいに手伝ってくれるやつもいるし!」
「ほう……それにしても、競馬場は広すぎはせぬか? こんなに広くては……」
「んー、それは私も思ってた……何で?」


太公望の言葉に、は彼に倣ってぐるっと競馬場を見渡す。
彼女らがいるトラックの幅は、ゆうに50メートルは越えている。
設計図を見た時から疑問には思っていたが、競「馬」大会に使うだけには、少々大袈裟すぎる。


「まぁまぁまぁ、気にすんな!! 太公望、あんたも手伝えよ! 言いだしっぺなんだからな!!」
「(……まーた何か企んでんのね、これは……)」


の疑問には答えず、姫発は太公望にのこぎりを渡し、その背中をぐいぐい押す。
太公望が「なんでわしが……」と愚痴っていると、遠くからこちらに向かってくる集団が、大きく声を張り上げた。


「おーい、発っちゃん、ちゃ――ん! 面白そうなことやってるんだって!? 俺たちにも手伝わせてくれよ!!」
「おめーら!!」
「みんな! うっわぁ、ひっさしぶりー!!」


どやどやと賑やかにやってきた集団に気付いたは、ぱあっと表情を明るくして彼等に向かって駆けて行く。
その若者集団の方も全員を知っているようで、走ってくるに向かって大きく手を振って応えた。


「誰だ、こやつらは?」
「街の遊び仲間だよ!!」


あっという間に行ってしまったの代わりに太公望の問いに答えると、姫発もに続いて輪に入っていく。
そんな姫発を見て太公望は満足気に微笑み、「人望はあるようだのう……」と静かに呟いた。










そして、競馬大会当日。
は競技場の前に設置された看板を見上げ、言葉を失った。


「第一回……象、レース……?」


先日周公旦に見せてもらった異国の動物、「象」の形をした可愛らしい看板。
空を埋め尽くす色とりどりの風船。
大盛況の観客席は、豊邑はおろか、周辺の街からもやってきた沢山の民で溢れかえっている。


「そっかぁ、馬じゃなかったのね……だからあんなおっきなトラック……」


姫発のアイデアに感心するやら呆れるやらしながら、は競技場内に入っていく。
トラックの内側を歩いていると、遠くに、ぐししし……と怪しく笑う見慣れた二人組を見つけた。


「……四不象や武吉っちゃんは女子供に大人気だし……レースクイーンは四不象に連れてきてもらったし……」
「「レースクイーン!?」」
「「うおっ、(ちゃん)!!」」


突然背後に現れたに驚く太公望と姫発。
軽い足取りで駆けてきたのほうは、二人とは別の理由で驚いていた。
そのの視線の先では、ここにいるはずのない女が一人、お立ち台の上でポーズをとっている。
太公望もの異変に気付くとすぐにそちらを向き、二人揃って口を開いたまま硬直する。


「あはんv」
「なっ、何で……ってか……」
「お……おぬしはもしや楊……」
「妲己よぉ〜んv」


固まる太公望に対し、姫発は生き生きと目を輝かせ、楊ゼンの変化した妲己を見つめている。
その姿を見つけるやいなや反射的に煽鉾華を手にしていたは、安堵とも呆れともつかない微妙な溜息と共に脱力した。


「超ぷりんちゃーん! 絶世の美女ってやつだよなー! 俺も朝歌に行きてー!!!」
「ニセモノだがのう……」
「あ、でもちゃんのほうが美人だから安心しろよっ! ってワケでちゃんもレースクイー……」
「ごめん、あれはヤダ」
「そんなぁ……」


最後まで言う前から有無を言わさず一蹴され、ぐてっと落ち込む姫発。
しかしそれもほんの一時で、すぐに眼に輝きを取り戻した。


「まぁ、そんな即答されちゃ仕方ねぇな……。さて、そろそろはじめるか!!」








「それでは……よ――い……ドン!!!」
「あ、始まった!」


場所は変わって観客席。
太公望と姫発の間に座るが、一斉に走り出した象を見て歓声をあげた。
あの巨体に対して象のスピードは意外に速く、感心している間にもレースは着々と進んでいく。
そんな中、しっかりレースを満喫しているを挟んで、太公望と姫発は先程から象券の話題で言い争っていた。


「あーっ、太公望、テメェ6番の象券をそんなに……」
「借金をしてほとんど買い占めた! 大穴だからのう、かなりの儲けになるぞ!!」
「サギまがいの事をするんじゃないっ!」
「かーっかかか! まがいだがサギではない!!」
「ちょっと二人とも、私を挟んで口論しないでよ……」
「はっ、俺としたことが! 悪ぃっ、ちゃ――ん!!」


が一声かけると姫発はパタッと太公望の相手を止め、ドサクサに紛れてに抱きつく。
太公望はぎょっとした表情を見せるがの方は慣れたもので、軽くポンポンと頭を叩いて姫発を静める。


「発っちゃん、レース見えないんだけど」
「そ、そうだな、わりっ」


の訴えに姫発はしぶしぶ体を離す。
開放されたが漸く落ち着いてレースに視線を戻したとき、状況は大きく変わっていた。


「……あれ?」


目まぐるしく変わる状況を把握する前に飛び込んできたのは、会場全体を揺るがす凄まじい破壊音。

一拍遅れての目に飛び込んできたのは、どうやら一気に一位になったらしい南宮カツとその象が、トラックを突き破って走り抜ける姿。
正規のゴールと違うその結末に、レースの勝者が分からず、象券を手にした観客はどよめく。
そんな中、の横で、姫発がぱっと立ち上がった。


「勝者、3番南宮カツ!!!」
「「「なに――っ!!!?」」」
「俺は入場料分もうけたからいいのさ!」
「たわけ! 今度はわしが借金王になるではないか!!」
「……自業自得じゃん、望ちゃんは……」


呆れるの前では、太公望と姫発が未だ舌戦を繰り広げている。
人を挟んで口論するな、と止める間もない二人の言い合いに横槍を入れたのは、妲己に化けた楊ゼンだった。


「太公望ちゃんv」
「何だ楊ゼン! 今とりこみ中……」


口論に口を挟まれたことで、太公望は怒りの矛先を楊ゼンに向ける。
対する楊ゼンは冷静に、妲己の白く細い指で太公望の背後を指差した。
釣られて、全員が指先の向く方を見ると。


「象の群れが城の方へ……」
「「「ああっ!!!」」」





――その後、借金返済の為に行なったはずの象レースによって、百億円もの被害が出たという……。
太公望と姫発に金を貸した大富豪は途方に暮れ、大事な象を傷付けられた周公旦は刀を持ち出し静かに怒りの炎を燃やしていた。

……騒ぎの張本人、太公望と姫発はというと、荷物を纏めて夜逃げしたらしい。


「……金貸しと賭博には手を出すな、ってことね!」
、そんな纏めでいーんさ……?」
「あはん、可哀相な太公望ちゃんv」

「「楊ゼン(さん)、いつまでやってんの(さ)……」」




……戦いの間の、束の間の休息。




<第35話・終>

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