「腐った国を守るより、もっと大切なものがあるってわかんねぇのかっ!!」


流れ落ちる夥しい量の血もそのままに、聞仲に訴えかける武成王。
太公望に肩を借りながらも、その迫力は失っていない。


「来いよ! おまえも!!」
「だまれ! だまれ裏切り者!!」










第31話
 ―曇天に光る星










ついに、太公望一行のもとに、直々に現れた聞仲。
申公豹に変化した楊ゼンの攻撃も跳ね除け、太公望の説得にも耳を貸さず、ただただ禁鞭を振るう。
『殷は何度でも蘇る』、と――。


「「ぐぉっ!!」」


聞仲の怒りに任せた攻撃に倒れる太公望と武成王。
そんな彼らに情けなど掛けるわけもなく、聞仲は更に詰め寄り禁鞭を構える。


「とどめだ!!」

「……させないっ!!」
「やめろ聞太師!!」


真っ直ぐに太公望と武成王に向かっていた禁鞭が、鈍い音と共に弾かれた。
二人を庇うように間へ立ちはだかったと天化は、力の差に怯む事無く聞仲を見やる。


「これ以上は俺っちが許さねぇさ!!」
「望ちゃん、飛虎さん、もう説得は無理みたい……。残念だけど戦うしかないわ!」

「聞太師、多勢に無勢で申しわけないが……今太公望師叙を失うわけにはいかない!!」
「邪魔だ、キサマたち! オレ一人で……」
「お師匠様、お守りしますっ!!」


そんな彼等に続き、次々と聞仲に向かう太公望一行。
到底敵わない相手であっても、もはや引き返すことなど出来はしない――。


「フッ……何人で来ようと同じ事だ!」


聞仲が禁鞭を軽く唸らせる。
それだけ、たったそれだけなのに、場に広がる例えようもない緊張感と恐怖。

――そして、その次の瞬間。
恐れていた事が、ついに始まってしまった。


「理想を語るには…それに見合う力が必要だ! おまえ達にはそれが無い!!」
「!!!」


二度目の唸りは、軽くはなかった。

風を斬る無数の音。
崩れ落ちる岩山。
巻き上がる土煙。
飛び散る血飛沫。
……次々と倒れていく仲間達。

そんな中、向かってくる禁鞭をその瞬発力で避け続け、聞仲との距離を徐々に縮めていく道士がひとり。
彼は目を細め、その人影を目に写す。


「ほう……私の全力の攻撃を、避けるだけでも出来る道士がいたとは……なかなかやるな、女」
「……お褒めに与りっ、光栄……よっ! でも! 避ける、だけじゃ……済まさない!!」

「なっ、……!?」

以外はみな地に伏している今、彼女の名を呼んだのは誰だったか。
あと数メートル、という所で、は禁鞭の軌道を読むのを止め、煽鉾華をきつく握ると、そのまま一直線に聞仲に飛び掛かる。

――流石の聞仲でも、の本気の瞬発力は、ふたつの眼では追うことも出来なかった。


「!!」








「……っつぅ…やっ…ぱ、そんな、甘くない、か……」

「「「「ぶ、聞仲さま…!?」」」」


離れて様子を見ていた四聖が、一斉に息を飲んだ。
信じられないと言わんばかりの彼らの眼前には、糸の切れた人形のように崩れ落ちると、何ら変わりなく立ったままの聞仲。

……しかし、彼の頬と利き腕からもまた、と同様、鮮血が滴っていた。


「フッ、一矢報いられたな……この女、名は何と言ったか……?」


傷を受けた左肩を無意識に庇いつつ、ゆっくりと地に倒れこむを見下ろし、呟く聞仲。
の顔を間近で見た彼は、彼女の額を見て、今回初めて、その顔色を変えた。


「!!!」
「聞仲さま?」

「こ、この女……まさか……一族の者か!?」


四聖を振り返り、問う聞仲。
彼にしては珍しく、狼狽の色を隠せていない。


「えっ? あ、はい……、という名らしいですが……」


王魔の答えを聞いた聞仲はの傍らに膝を付き、改めて彼女の顔をまじまじと見る。
徐々に閉じゆく瞳には光が無く、意識は朦朧。痛みに歪められてなお整った顔には、赤い斑点があちこちに付着している。
青白い顔とコントラストを作りながらも、その赤は、ただ一部分、額の青だけは僅かも隠さずにいた。

の閉ざされた瞳と、聞仲の開かれた第三の目が、かち合うことは、無い。
それでも聞仲は彼女を通し、彼女ではない誰かと、確かに視線を合わせていた。

聞仲は暫しの沈黙の後、再び四聖に向かって口を開く。


「四聖……とどめをさしてやれ! しかし……この女には……手を出すな」
「「「「は、はい!!」」」」


予想外の言葉に驚く四聖だが、彼らにとって聞仲の言葉は絶対。
今は疑問の声も上げず、命令遂行の為、それぞれの宝貝に力を送り始める。


「ま……まて……」


そんな中、よろよろと起き上がる一つの人影。
驚いて顔を向ける聞仲の瞳に映ったその相手は、黒髪の青年。


「……! まだ動けるか!!」
「誰も殺させはせぬ!!」


そう言って、ぐっ、と打神鞭に力を籠める太公望。
握り締めた手からは血が滲み滴り落ちるが、構うことなく力を送る。





「……っ……な、なに……?」
「う……」


その頃、それぞれの場所で意識を取り戻した、と楊ゼン。
ぼんやりと霞の掛かったままの彼らの視界を占めたのは、太公望の背中と、とぐろを巻く巨大な竜巻。


「望、ちゃ……?」
「太公望師叙……風の壁で僕たちを守って……まったく、あなたという人は……」


――そして再び、それぞれの場所で、彼らは意識を手放した。




<第31話・終>

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あとがき