「天才道士・楊ゼンか……フッ、おまえを倒せばこの四聖・王魔の名も上がる。そして四聖の名が上がれば、聞仲様の名もさらに上がるというもの!」
「四聖の王魔くんか……ねぇキミ、ここで戦うのはよさないか?」
西岐の上空で対峙する二人。
楊ゼンは言葉を切り、その視線を一度に向ける。
「ここで戦えば、いくらが防いでも……西岐の民にも被害が出る。九竜島の四聖は派手な技を使うと聞いてるからね」
「そいつは好都合! どうせ西岐は滅ぼすつもりでいた!!」
「―――させないわよ、そんなことっ!!」
第30話
―狭空に覗く月
「行け!! 開天珠!!!」
「いけない!!!」
王魔の叫びとともに、沢山の光る珠が様々な軌道を描いて地上に向かう。
は煽鉾華の花びらを最大限に開くと、空を蹴り、その光の中に飛び込んだ。
――辺り一面が、眩い閃光で覆われる。
「!!」
楊ゼンは彼らしくもなく焦った声を上げ、光の中に目を凝らす。
光が消え去り視界が確保され、楊ゼンの目に入ったのは、山頂の崩れ落ちる山と空中に留まっている。
多少の怪我は見られるものの、彼女はしっかりと空に立っていた。
「はあっ……弾き、きれ……なかったかぁ……。でも、西岐の人達の方は、何とか……大丈夫かな?」
衝撃に痺れる手を振りつつ、は西岐の地を見下ろす。
崩れた山の下で人々が右往左往しているのが見えるが、運が良かったのか防ぎ方が良かったのか、人的被害は今の所見られないようだ。
ひとまず安心して煽鉾華を構えなおすと、は目の前の敵を見上げた。
「おっ、お前……何をした!!?」
「そっちこそ、何してくれてんのよ……」
予想外の出来事に驚く王魔と、静かに怒りの炎を燃やす。
そこに加わる、もうひとつの怒りのオーラ。
「開天珠……爆破系の宝貝……接触した物を粉砕するだけではなく、それ自体推進力となって、空中飛行を可能にさせる。わざわざ僕にその威力を見せつけてくれたわけか」
「!」
「お遊びがすぎるぞ、王魔!!」
「くっ…」
静かに、しかし強大な威圧感を発する楊ゼンに、王魔はおろかですら少し身震いする。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、楊ゼンは王魔と対峙したまま、威圧感を一旦消して後方のに声を掛ける。
「……大丈夫かい?」
「! ま、まだまだ大丈夫だよ、これくらい……。でも、こーやって立ってるのってやっぱ普通に飛ぶより疲れるから、なるべく早めにお願いします……」
しっかりとした声で答えるに、楊ゼンも安堵する。
そして、再び大きな重圧を与えつつ、王魔を見据える。
「フッ……そうだね。……王魔、キミがそのつもりなら、僕たちは被害を最小限にとどめるように戦うだけ……」
「そっ……そんな事が出来るものか!! 出来るものならやってみろ!!!」
再び開天珠を発動させる王魔。
しかし、今回は、その大半を楊ゼンに向けて。
対する楊ゼンの方は、哮天犬に任せて軽々と攻撃をかわす。
「かわすか!! だが………これならどうだ!!!」
王魔は服の背部から、今まで以上の開天珠を繰り出す。
眩い閃光で、辺りが見えなくなる程に。
しかし、楊ゼンもも、至って冷静だった。
――ドオオォオオン……という低い音が、西岐中に響き渡る。
しかし、音の大きさに対して、山の崩壊はそれほど大きくは無かった。
「うぅぅ……もぉ、重いよ、この攻撃っ!!」
は先程と同様に、開いた煽鉾華で開天珠を片っ端から受け止め、弾いてその軌道を変え、西岐への被害を減らしていた。
痺れる両腕をふるふると振りながら、は爆発によって起こった土煙の中、前線で王魔と対峙していた楊ゼンを探す。
「……あれ? 楊ゼン??」
応える声は、ない。
良く目立つ青い髪も、辺りをぐるっと見渡しても見当たらない。
そんなの耳に届いたのは、王魔の狂ったような笑い声。
「は…ははっ……やったぞ!! 楊ゼンを殺した!!」
「!?」
聞こえてきたその言葉に、の表情が凍りつく。
そんな事はあるはずが無いのは分かっていても、手に滲んでくる嫌な汗。
さすがに疲労もピークになってきたので斬風月を足から外し、煽鉾華に跨りながらも、静かに王魔を観察する。
……王魔は笑うのを止め、顔色を変え、辺りを見回していた。
「よっ……楊ゼン!? どこにいるっ!!? ……なにっ!? ……嘘をつくな!」
「……??」
「開天珠は全部本物だ! 私の意志でちゃんと動く!! ……本物に!? そんな事が……」
「もしかして……楊ゼンと、喋ってるの?」
どれだけ耳を済ませても王魔の声しか聞こえないには、どう見たって彼が一人ぶつぶつ言っているようにしか見えない。
しかし、彼の言葉を信用するのなら、『何か』に変化した楊ゼンと話している、という事なのだろう。
の顔に、安堵の表情が浮かぶ。
「うっ…嘘も程々にしろっ!!! 本物かどうかは、西岐を破壊して見ればわかることだ!!」
「!!」
開天珠を再び発動させようとする王魔。
の顔に再び緊張が戻る。
しかし、その次の瞬間。
――ドンッ、という鈍い音と共に、王魔の右腕で爆発が起こった。
「っ!!」
「ぐっ……!! ……まだだ……このままでは……聞仲様に顔向け出来ん!!!」
「その闘争心には敬服するが、やはり諦めて帰った方がいい」
「楊ゼンっ!! 良かったぁ…」
王魔との間に現れたのは、開天珠から変化を解き、哮天犬に跨って宙に浮かぶ楊ゼン。
彼は一度ゆっくりと目を伏せると、静かに王魔と視線を合わせ、止めを刺す。
「これが最後の忠告だよ」
「………」
楊ゼンの発する今まで以上の威圧感に、王魔も思わず黙り込む。
そんな王魔を見やりつつ、は煽鉾華を発動させ、ゆっくりと哮天犬の隣まで移動する。
……と、そんな時。
「――!!」
「おや!? 何だろう、この感じは!?」
「こ……これはまさか……」
三人が同時に異変を感じた。
只ならぬ予感を感じ、と楊ゼンは顔を見合わせる。
王魔はその隙をついてぱっと踵を返し、その『異変』の源と思われる方向――太公望たちの居る方向へと、飛んで行った。
「あっ……待てっ!!!」
「楊ゼン……空気が、震えてる……! 何か……何か来るよ……!!」
は両腕で自分の体を抱きしめ、身震いする。
知らず知らずのうちに大きな力と恐怖を感じ取っているのか、顔からも若干血の気が引いている。
「ああ……強い力と、大きな怒り……!! 、哮天犬の後ろに乗るんだ。キミも、もうだいぶ疲労しているだろう?」
楊ゼンはの変化も感じ取ると、有無を言わさずを抱き上げ、自分の後ろに乗せる。
は彼の思わぬ行動に驚いて目を見開くが、今の状況を考え、大人しく従うことにした。
「……うん、じゃあ、今回はお言葉に甘えるよ」
「しっかり掴まっているんだよ?」
「りょーかいっ! お願いね!!」
楊ゼンはが自分にしっかりと掴まったを確認すると、哮天犬に王魔の後を追わせる。
風を切り、目的地との距離をぐんぐん縮めていく彼らの前方に、同じ方向へと飛ぶ赤い人影がよぎった。
「「ナタク!!」」
「……!? ……と、おまえは……」
後ろから掛けられた声に急停止する赤い人影――ナタク。
に追い越されたことも、楊ゼンが降りてきていたことも知らなかった彼の顔には一瞬驚きの表情が浮かぶ。
……しかし、今は説明している暇など無い。
「行きましょう! 太公望師叙たちが危ない!!」
「ああ! 強い……オレより強い何かがいる!!」
「(ナタク……今回は、喜んでる場合じゃないわよ……?)」
心底楽しそうに、ニイッ、と笑うナタクに、の不安は募った。
「いた。あいつだ」
太公望たちのもとに到着した・楊ゼン・ナタク。
彼らが感じた『何か』は、既にその場に現れていた。
その表情や顔立ちまでは見てとれないが、この禍々しい程のプレッシャーは、確かにその人物から発せられている。
「すごい気……押しつぶされそう……それにみんなが……!!」
「ああ……。ナタク! ここはひとつ……」
楊ゼンが言葉を言い終わる前に、ナタクは両手の乾坤圏を放つ。
も煽鉾華を取り出し、哮天犬から飛び降りた。
――今までとは格の違う、戦いが始まる。
<第30話・終>
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★あとがき