「まじめにやれ、高友乾!!」
「うっ、うるさい…俺はちゃんと…」
「『当初の目的』を忘れたのか、高友乾…このまま太公望のペースに惑わされるようでは、聞仲様に顔向け出来ないぞ」
「…! 聞仲さま!」










第29話
 ―揃い始める役者










仙桃の力で形勢逆転し、一気に戦いを自分のペースに持っていった太公望。
少し生真面目な高友乾にも酒を無理やり飲ませ、酒と化した海水を全て混元珠へと引かざるを得なくした。

酔っ払ってフラフラしている高友乾に、四聖の一人・王魔が聞仲の名を出し喝を入れる。
それに反応した高友乾は、今度は水の鎌で太公望と再び、しっかりと対峙した。


「太公望の宝貝・打神鞭のデータはまだ少ない。巨大な竜巻を起こしたという情報もある。崑崙側の教主・元始天尊が造った宝貝だと聞くが…。
我々は馬鹿ではない。はっきりとした打神鞭のデータを得るまでは慎重にいこう」


高みの見物を決め込んでいる、他の四聖三人。
リーダー格の王魔の言葉に、李興覇が疑問を投げかける。


「王魔、確かに、宝貝人間・ナタクの乾坤圏と、黄天化の莫邪の宝剣のデータはあるけど…あの女の宝貝はいいのか?」


あの女、と言って、武成王と天化の間で太公望を見守っているを指差す李興覇。
そのの右手には煽鉾華が握り締められていて、左手には双輪雪が嵌められている。


「あの二つに加えて、四枚組のブーメラン型宝貝も持ってるらしいし…。平気な顔して三つも持ってるのかよ?」
「確かに、あの女の宝貝は、どれも見たことが無いな…何者だ?」


李興覇の言葉に、もう一人の四聖・楊森も加わる。
それでも王魔は涼しい顔で、何の問題も無い、と言わんばかりの口調で答える。


「あの女の名は。まだ見た目通りの年の小娘だ。スピードと瞬発力は眼を瞠るものがあるが、あとはそう恐れるほどのものではない。
箒型の宝貝は飛行や棒術、腕輪の宝貝は敵の霊気を吸い取る物、ブーメランの宝貝は当たったものを切り裂く物。…我々には通用しないな」
「何だ、調べはついていたのか…しかし、…どこかで聞いた気がしないか?」
「額の紋章も見覚えがあるような…」
「気のせいだろう。よくありそうなものじゃないか。名前も紋も」


余裕綽々の王魔に対し、李興覇と楊森はどこか引っかかるところがあるようで、未だを観察している。
しかしそれも束の間、彼らの意識はまたすぐに、下で戦う太公望と高友乾の戦いに集中する。


「うまく戦うね、太公望は。相手の出方をうかがいながら、隙をみてフルパワーで倒すつもりだよ」
「…だが、パワー不足は否めまい。俺たちの宝貝の前では、あいつの小細工も通用しない」
「もういいだろう。こんな奴らなら、四聖全員で戦うこともない」


太公望の力量を見切ると、王魔は下に向かって声を掛ける。


「高友乾! 私と興覇はこれから西岐を攻撃しに行く! お前と楊森の二人で、太公望たちを始末しろ!!」








「西岐を!?」
「…まずいわね、止めなきゃ!!」


離れて様子を見守っていたたちにも、王魔の声は届いていた。
その言葉にが煽鉾華に跨り、離れた所で太公望も四不象と共に空へ舞い上がろうとする。
そんな時、たちが飛ぶより早く、高友乾が宝貝に力を籠めた。


「おっと、そうはいかないよ」
「!!」


高友乾の後ろから、とめどなく湧き上がってくる水。
それらは一気にその場に居る全員を包み込み、水のドームを作り上げた。


「な、何コレ…」
「水のバリアをはった! もう中からは出られんぞ!! そっちは多人数だ。うろちょろされては目障りなんでな!!」
「でも水でしょ? 破ろうと思えば破れるんじゃ…違うの…?」


勝ち誇ったように言う高友乾に、は違和感を感じていた。
同じことを思ったのか、太公望も四不象の上で高らかに笑う。


「かーっかっか! こんな水の膜、強行突破だ! スープー!!」
「ラジャーっス!!!」
「あ、ちょっと望ちゃんっ!!」


何も確認せずに水の膜に突っ込む太公望と四不象。
敵にはあれだけの自信があるのだ。只の水では無いはず。
そう思ったが太公望に向かって叫ぶが、既に遅かった。


「ぎゃー!! ねばねばするっスよ!!」
「ゴッキーホイホイかい!!! ヘルプミィー!!」

「スースよ、あーたって…」
「ぼ、望ちゃん…」


たちを覆っているドームの水。
粘着性があるようで、太公望と四不象は全身ベトベトで、天井にねばねばとくっついてしまった。
そんな太公望を見上げる天化とは、呆れ顔で溜息を吐く。


「しゃーねーなー、こいつらは俺っちたちがやるか!」
「うん…早くしないと西岐が……みんなが…!!」


二人は同時に宝貝を発動させ、残った四聖二人と対峙する。
そんな時、ずっと上空で様子を見ていたナタクが天祥を抱えて降りてくる。


「…………」
「あっ、ナタクさんっ!!」
「ナタク? ………そうだっ!!」


天祥を武吉に預けるナタクに駆け寄る
傍まで行くと煽鉾華に跨り、発動させて宙に浮く。
ナタクはそんなを横目で見やりながら、自身も風火輪を発動させる。


「オレはあの二人を追う。あの王魔という男が一番強い…そういうにおいがする」
「でっ…でも、水のバリアから出られるんですかっ!?」


見事にバリアに捕まってしまった自身の師・太公望を見上げつつ、ナタクに訊ねる武吉。
顔は向けるものの答える気配の無いナタクに代わって口を開いたのは、彼女らしくも無く焦りを隠せていないだった。


「ナタクなら出れるの! ってことで私も行ってくる!! 悪いけど、こっちは任せたよ!!」
「フン!」


心配する武吉を後目に、二人は水のバリアに向かって飛ぶ。
行き着いた水の壁の傍では、太公望がねばねばになって壁にくっついていた。


「おおっ、ナタク、!! 助けに来てくれたか!!」
「…………」


黙ったままのナタクの腰では、混天綾が赤く光りだす。
それに反応するかのように、ナタクの前の水の壁にぽっかりと開いた、外への脱出口。


「そうか、混天綾は水を振動させる宝貝であったな! それさえあればわしを助けられる……」


感心して言う太公望だが、は申し訳なさそうな顔で彼を振り返る。


「…ごめん望ちゃん、西岐のみんなが危ないの!! こっちはこっちで何とかしてっ!!!」
「じゃあな」


それだけ言うと、二人は外へ向かって飛び立った。


「……やっぱり――――っ!!」












ナタクよりも先に外へと飛び出したは、何故か煽鉾華を停止させていた。
後を追ってバリアを出たナタクは一瞬不思議そうな顔でを見たが、すぐに踵を帰し、王魔たちが向かった方向へと飛び立つ。


「…どんな技を使うかは知らないけど、空中戦だし、このまま行っちゃ絶対敵わないもんね…今こそアレを実戦で試す時かも」


空中で煽鉾華を停止させたまま、は鞄から二枚の斬風月を取り出す。
それらに力を籠め、三日月型から満月型に変えると、靴の裏に装着する。

――そして、は煽鉾華から降り、静かに、宙に立った。


「よしっ…いけそう!! 急がなきゃ!!!」


残りの斬風月を煽鉾華に装着し、柄ををしっかりと握り締めると、は西岐に向かって駆けはじめた。
地上を走っている時の武吉とほとんど変わらないスピードで、空を走る。
ドタバタと土煙を上げることも無く、軽く、風のように。

…途中、ナタクと、彼と対峙する四聖の一人との横を走り抜けたが、二人がに気付くことは無かった。


そして、西岐上空に辿りついたが、漸く止まって一息ついた時。
行き過ぎた、と後方を振り返ったの眼に入ったのは、四聖の最後の一人・王魔と、哮天犬に乗る太公望。


「……え!? あ…そっか…良かったぁ…。これで私は守りに徹しても大丈夫ね」


の顔に、思わず安堵の笑顔が浮かぶ。
いつ何が起こっても大丈夫なように、ゆっくりと慎重に二人に近づいていくと、徐々にはっきりと聞こえてくる会話。


「こんな顔をしたマヌケな道士は見なかったか?」
「太公望!!?」
「ちがうちがう! わしは“本物”を探しておるのだよ。西岐から外出しておるようなのでな」


太公望の体が、グニッ、と揺れる。

――次の瞬間、王魔の前に現れたのは、太公望ではない、青い長髪を持った道士。


「おまえはっ…!!! てっ…天才・楊ゼン!! お前までもが降りてきていたのか!!?」
「引き返すがいい、四聖よ! それとも血気にはやって、千年の功夫を死というかたちで失うか!?」

「楊ゼン…助かったよ…!!」


の声に振り返る楊ゼン。
彼女が空中で立っていることに一瞬驚くが、すぐにその顔には余裕の笑みが宿った。

――王魔は自分が片付けるから、は西岐を頼むよ、と、彼女に穏やかに語りかけるように。




<第29話・終>

prev / next


あとがき