「………!!!!」

「つ…津波!?」
「ばっかやろう!! ここは山ん中だぞ――っ!?」


目の前で起こっている、ありえない現実。
地上にいる仲間達には、この時、成す術は無かった。










第28話
 ―九竜島の四聖










「―――!!」


押し寄せる大量の水。
迫り来る水の壁を、呆然と見つめる仲間達。

は反射的に地を蹴り、空へ飛び出していた。


「…っ!!?」


太公望は咄嗟の事に、地上に向かって落下していくに向かって叫ぶことしか出来ない。
対するの方は冷静そのもので、先程出しておいた煽鉾華に空中で器用に跨り、仲間のもとを目指す。

…水か、か。
どちらが速かったのかは、太公望や武成王、武吉でさえも、確認できなかった。

――彼らが気付いた時には、既に水はこの辺り一帯の地面を覆いつくしていた。


「―――やっべぇ!! みんな飲み込まれやがった!!! は…間に合ったのか!?」
「ぼく、みんなを助けます!!!」










「はぁっ、はぁ…っ…みんな、大丈夫!?」
「あぁ…何とか…」
「ありがとうございました、さん…」


その頃、は数人と黄一族と共に、手近な岩場に避難していた。
一行が激流に飲まれる直前にその上空を低空飛行し、乗せられるだけの仲間を乗せ、ここまで飛んできたのだ。
さすがのも、大の大人を何人も一度に運んだ為、疲労の色を隠せない。


「はぁ…でも、まだ…四大金剛とか天化が…!! 行かなきゃ…」


咄嗟に、掻っ攫うように助けに行ったとはいえ、が真っ先に煽鉾華に乗せたのは、武門の一族・黄家の中でもあまり体力のなさそうな人たち。
武将である四大金剛や、道士である天化まで一緒に助ける余裕は無かった。
それでも、武成王の父・黄滾や天禄・天爵兄弟たちを降ろした今、は再び煽鉾華に力を籠め始める。

――そんな時、のすぐ足元で、ザバッ、という音がした。
音に反応して見下ろせば、水色の中に浮かぶ金髪が。


「…武吉っ!?」
さんっ! 良かった、無事だったんですねっ!!」


の足元から顔を出したのは、逃げ遅れた仲間達を一度に抱えている武吉。
そのあまりの身体能力の高さに驚き、は彼らが陸に上がるのに手を貸すのも忘れ、呆然と武吉を見つめる。
の意識がこちらの世界に戻って来たとき、一行は無事、全員岩場への避難を終えていた。


「…あ、ごめんみんな」
「いえ、大丈夫ですっ!! おっしょーさまぁーっ、やりましたよ――っ!!!」
「て、天然道士って凄いのね……」


ぶんぶん手を振る武吉につられ、太公望を見やる
そしてその視線は、四不象に乗る太公望から天祥を乗せたままのナタク、そして現れた四人の敵へと移る。


「…あれ? 望ちゃん、一人でやる気? …やっぱ気にしてたのかな、さっきの」
「さあ…それより、あいつら誰さ?」
「うーん…」


ちいさく唸ると天化の傍らでは、武成王が難しい顔で敵の四人組を観察している。
その時、敵の一人が前に出てきて宝貝を発動させ、太公望と対峙した。


「俺は九竜島の四聖が一人、高友乾! 崑崙の最高幹部の一人、太公望…俺と戦ってもらうよ!!」

「九竜島の四聖!!?」
「え? 知ってんの?」
「ああ。聞仲から聞いた事がある。かつて、あいつが妲己と戦った時の仲間が四聖だと……」

「「!」」


九竜島の四聖――。
およそ六十年前、妲己は王氏という名で、当時の殷王・太丁を誑かし、政治を裏で操っていた。
そんな妲己と妹達、手下の妖怪仙人達を倒し、殷から追放したのが聞仲と九竜島の四聖だった。
この事件から、彼らの名は仙人界においても有名になったのだ。


「へーえ…聞太師と一緒にあの妲己三姉妹を追い出したやつらか…ちとやばいさ」
「うん…こんなに離れてるのに、結構な気を感じるし…」
「ああ…今までのやつらとは格が違うぜ」
「望ちゃん…だいじょぶかなぁ…」


三人が見守る中、太公望には、始めの合図も無く強力な水の攻撃が繰り出される。
太公望と対峙する敵・高友乾の持つ球状の宝貝から溢れ出す水には際限がなく、太公望お得意の口車にも乗る気配が無い。
反撃する余裕も無く、太公望は一方的に押されている。


「あんまし相性良くないわね…」
「ありゃダメだ。すげぇべ…死ぬわスース」
「ちょっと天化!! 縁起でも無いこと言わないでよ!」
「おいおいおい、あんな宝貝は反則だぜ!!」
「どーにかして接近戦に持ち込まなきゃ負けるわ……!!」


太公望も同じ事を考えたのか、四不象に指示を出し、細かく方向転換しながら、飛んでくる水の攻撃を避け、高友乾に近づいてゆく。
見ているだけの自分に歯痒さを感じながらも、はその場から動かず、戦いの様子を見守る。


「…おおっ、抜けたぜっ!!」
「待って!! 望ちゃんの真上っ!!!」
「「!!」」


太公望が水の網を突破し、一瞬安心したのも束の間。
の指差す先には、今までの攻撃を全て集めた位の、膨大な量の水の塊。
――それが一気に、重力に従って、太公望に向かって降り注ぐ。


「望ちゃんっっ!!」
「お師匠様っ!!! そんなっ! お師匠様が水に潰されてミンチにっ!!」
「マジかよ、武吉っちゃん!」
「ぼく視力は10.0なんですっ!! どーしよ――っ!!!」


武吉の言葉に、一行は言葉を失う。
しかしそんな中、未だ天祥を乗せたまま、空中で様子を見ていたナタクは、余裕の表情の高友乾に静かに告げる。


「……あいつを甘くみないほうがいい。害虫はそう易々とは死なないものだ」

「が、害虫って、ナタク…」
、今そこ突っ込むとこじゃねぇさ…」


…こんな時にも突っ込みは忘れない紫陽洞姉弟。
――そんな時、ナタクの言葉に反応するかのように、水面から風の刃が現れた。


「!!」


倒したはずの敵からの攻撃に驚く高友乾。
飛んできた打風刃をジャンプで避け、着地した彼の足元では、水面に顔を出した太公望が不敵な笑みを浮かべていた。
フフフフ…と怪しく笑うと、四不象共々水中から脱出する。


「かかかかか! やっと接近戦に持ち込めたわ!!」

「お師匠様っ!!!」
「望ちゃん! 良かったぁ…。あ、そっか…下に残ってた水に飛び込んだのね」
「あぁ、成程…」
「これで接近戦に持ち込めたさね」


漸く胸を撫で下ろす一行。
ところが、一息ついてもう一度太公望の様子を見ると、太公望の顔は水の塊で覆われていた。


「――!! 今度は何よ!?」
「あの海水、取れねぇみてぇだな…まずいぜ…」


武成王が冷静に分析している間にも、太公望は呼吸ができずにその場に倒れ込む。


「お師匠様っ!!」
「ちっ…しゃーねー、行くか!」
「…うんっ!!」


ブンッ、と小気味良い音を立て、自身の宝貝を発動させる天化と
しかし、今にも飛び出しそうな三人を、武成王の大きな手が遮る。


「待てっ! 行くんじゃねぇ!!」
「おやじ!?」
「飛虎さん!?」

「確かに敵は強ぇが、このままやられるようじゃ、太公望どのの器もたかが知れている。聞仲や妲己はもっと強ぇんだからな!
――わかるな?」


確かに言っている事は正しい。
三人は、静かに頷くことしか出来なかった。


「じゃあぼく、せめて応援しますっ!! フレッ、フレッ、おっしょ――様っ!!!」
「(でけぇ声さ…)」

「(望ちゃん…封神されそうになるまでは、ここで我慢してるから…頑張ってよ…?)」


が祈るように太公望を見つめているちょうどその頃、太公望は手の動きで、四不象に何かを指示していた。
顔面に海水の塊を付けられ、呼吸のできない太公望の前で、ごそごそと探し物をしている四不象。
――四不象が見つかった探し物を海水を太公望に手渡すと、太公望は、自身の顔を覆っている海水を一気飲みした。


「の…飲んじまったさ…」
「海水だったら塩分の過剰摂取で死んじゃうわ!! ……ってことは、もしかしてスープーが渡したのって…仙桃!?」
「仙桃?」
「どんな水にも溶けて、それを高級なお酒に変える桃!! …あれも元始のじーちゃんからかっぱらってきたのかなぁ……。でも、これならいけるかも!!」


が期待をこめた目で太公望を見やると、一瞬目が合った彼は、確かに笑っていた。




<第28話・終>

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