臨潼関と潼関の間で現れた妲己の刺客・白鎌と黒鎌を倒した一行。
その後敵は一切現れず、続く四つの関所も無事に通過した。

もう、目的地は目と鼻の先――。










第27話
 ―近付く影、戦いの足音










「――よっし! 最後の関所・水関も無事越えた! これでついに俺らも西岐に着いたってわけか!!」


たった今通り抜けてきた関所を振り返りながら、四大金剛の一人・黄明が晴れやかに言った。
地図上では既に殷の国を出た為か緊張の糸は緩み、一行はそれぞれに肩の力を抜く。
しかし、そんな四大金剛の輪の中に、四不象に寝転がったままの太公望が割って入る。


「甘いのう、四大金剛! 妲己はともかく、聞仲がこのまま沈黙したままでおるとは思えぬ。おそらくはこの辺りで仕掛けてこよう」
「何っ!?」


太公望の警告に、素早く反応する四大金剛。ばっと体を翻し、辺りを見回す。
しかし、辺りに広がるのは、のどかな自然の風景だけ。

…敵の気配など、無いに等しい。


「なんだよ、誰もいねぇじゃねぇかよ!」
「おどかさないで下さいよー、太公望さん!!」


太公望に詰め寄る四大金剛。
武成王、天化、たちは、止めるわけでもなく一歩離れて様子を見ている。
そんな中、たったひとりだけ、真剣な顔で考え込んでいる青年がいた。


「…武吉?」
さん…。あの…」


武吉の様子が少しおかしいことに気付いたは、ひょこっと彼の顔を覗き込む。
と目が合った武吉は何か言いたそうな表情を見せるが、上手く言葉を紡ぐ事が出来ずに口をぱくぱくさせるだけ。
言葉で表現できない事を悟ったのか、武吉はその顔から迷いを消した。


「…さん、お師匠様! ぼく、この辺りを見てきますっ!!」
「へ? ちょ、武吉!?」
「………太公望さんのたわごとを信じてるのか?」
「武吉っちゃんっていいやつだよな―――…」


ぱっと勢い良く顔を上げるやいなや、武吉は土煙を上げて走り去る。
そんな彼の背を半ば呆然と見送るの後ろでは、四大金剛がしみじみと呟きを漏らしていた。
そこに、天化がポツリと止めを刺す。


「でもさスース…あんた、いっつも偉そうにしてっけど…本当に強いさ?」
「て、天化……」


――その一言で、場が一気に静まり返った。
ぎくっと身を震わせた太公望を、じっと見つめる一行。

その静寂を破ったのは、場にそぐわない、明るい笑い声。


「ぎゃははははは!!!!」

「あれっ、天祥?」
「…ナタクに乗ってるよ。この前ので気に入ったみたいね」


上から聞こえたその声にきょろきょろと空を仰ぐ一行。
そんな中、ひとり定点を見つめているの視線の先には、わーいわーいと大喜びでナタクの背中に乗って空を飛ぶ天祥がいた。
ナタクも珍しく、大人しくされるがままになっている。


「それにしてもナタクくんはすげぇよな!」
「ええ…あんな強い人は見たことないでございます!」
「強ぇといえばもだよな!」
「…へ?」


ナタクと天祥を見上げていたは、急に話題が自分に向いたのに驚く。
一旦注目が集まると、あとは流れるように出てくる讃辞。


「まだ若ぇし細ぇし別嬪さんなのにな――…」
「人は見かけによりませんからね。瞬発力も素晴らしかったですし」
「同い年でも姉弟子なんだろ? ってことは、やっぱり天化よりも強ぇのか?」
「剣術は互角さ!! それに、姉弟子ってのは、コーチに弟子入りしたのがの方が先だったからで…」
「そこは置いておくにしてもだ。剣術以外はどうなんだ?」
「…うっ……が本気で宝貝全部使ったら…今のところ、正直言って……俺っちより強ぇさね…」
「ほお――…天化が飛虎兄キ以外に、素直に負けを認めたぞ…」
「『姉弟子』って紹介するのも、力を認めている証拠ですよね」

「ちょ、ちょっとみんな、褒めすぎだよぉ…!」

「まぁ、いいじゃねーか! 本当の事なんだしよぉ!」
「そうですよ。自信を持って下さい」
「…ちょっち悔しいけど、嘘は言って無ぇさよ?」

「や、だから、その…ね?」


黄一族に囲まれ、口々に称賛される
あとからあとから出てくる讃辞に、頬を染めつつ謙遜する。
一行は照れるを一通り褒めちぎると、話の矛先を太公望へと戻した。


「――でも俺たちは、太公望さんの強い所を見ていない!! 何かして照明して欲しい所だね!!」
「そ、それは、私や天化やナタクが望ちゃんの出番取っちゃったからさぁ…」


が焦りつつもフォローするが、一行の疑惑は止まる所を知らない。


「臨潼関の時だって、颯爽と現れてすぐ捕まったし…」
「そういえば朝歌の時も捕まってたな…」

「「「「(もしや、捕まる事が特技では……?)」」」」


四大金剛のジトーッとした疑惑の眼差しに、太公望は「うう……」と唸るだけ。
言い返せない主人に代わって、封神計画を最初から見届けている四不象が助け舟を出す。


「みなさん! 御主人はあまり強くはないけど、戦いにはだいたい勝つっスよ!! セコい手を使って!!」
「スープー、それ、あんましフォローになってない……」

「…さあみんな、昼メシにでもしようぜ!!」


…四不象の怪しいフォローも虚しく、一行はぞろぞろと昼食を摂るため、手近な岩場へと向かっていった。


「ありゃぁー……」
「う――む、これは何とかせぬと、わしの威厳が…」












「御主人、元気を出すっスよ! ボクは御主人が今まで勝ってきた所を見てるっス!!」
「そーだよ望ちゃん! 飛虎さんたちと合流してからは、私たちが望ちゃんの出番取っちゃってたんだし…。まだまだこれからよ!!」


太公望を慰める四不象と
こちらも昼食、ということで、辺りより数段高い岩の上にいた。


「なーに、わしは全く気にせぬよ。だが、ああいう疑惑が出ては、集団のまとまりが壊れるやものう」


もしゃもしゃとモモを齧りながら答える太公望。
は暫し「むうぅ…」と沈黙したが、一つの気配を感じて後ろを振り返る。


「あ、飛虎さん」
「太公望どの! …おっ、も居たのか!!」
「おお、武成王!」


二人のいる岩に登ってきた武成王は、威勢のいい音と共に太公望の隣に腰を下ろす。


「さっき言ってたことは本当なのか!?」
「勿論だ! わしが聞仲なら、ここでおぬしやわしを倒す! 西岐の目と鼻の先のここでな! そうすることで西岐を威圧し、革命を起こす気をくじくのだ!!」
「あぁ…だからここなのね…」


太公望の言葉に、ニイッと小さく笑う武成王。
は「じゃ、やっぱ一応警戒しとかなきゃ」と鞄に手を掛け、煽鉾華を取り出しておく。


「やはりおめぇは全体を見る目を持ってるな、太公望どの…皇后や聞仲に太刀打ちできるやつぁ、おめぇしかいねぇ!!
さっきのことは気にすんな!! 上に立つ人間ってのは、どんなに良くしても下から非難されるもんさ!!!」
「げぼっ…! い、痛いのう…」
「ぼ、望ちゃ…だいじょぶ…?」


武成王は威勢よく笑うと、骨の軋む音が響くほど思い切り太公望を叩く。
は、少し前に自分も同じ事をやられたな…と苦笑しつつ、蹲る太公望の背をさすった。

そんな時、彼らの元に近づいてくる一筋の土煙。


「お師匠様――っ!!」
「あ、武吉!」


叫ぶなり、武吉は三人の居る岩のてっぺんに向かって人間業とは思えない大ジャンプ。
どかっ、という大きな音と共に、難なく太公望を飛び越え、背後に着地する。


「怪しい四人組がいましたっ!! さすがはぼくのお師匠様っ!!!」
「え、ホント!?」
「どっちにおった、武吉!?」
「あっちですっ!!! ……あ…」


武吉の指差す方を見てみれば、たちがいる岩をも越える高さの水の壁が、こちらに向かって押し寄せて来ていた。




<第27話・終>


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