「刺客だと!?」
「多分。朝歌の方向から、白と黒の変な二人組がこっちに向かってきてる!」


その言葉に、自分たちが通ってきた道を振り返る一行。
一行の視界の端に見えたのは、おかしな軌道を描きつつも、確実にこちらへ向かってくる二人組。








第26話
 ―白と黒の姉弟








「望ちゃん、あいつら普通じゃないよ…。動き方も変だけど、通ってきた道に、草とか木が一本も残ってないの」
「何…??」


それが何を意味するのか、言われた太公望も、言ったでさえも分からない。
しかし、その疑問を一気に解決する出来事が起こったのは、一行の目にも確認できた。

――遠くで、風を切る音とともに、大木が一本、姿を消した。


「なっ…!」

「…あいつら、二人とも剣士さね?」
「多分、ね。…そーときたら、ここは私たちの出番かな?」


驚いて目を見開く一行の中で、冷静に視線を交わす天化と
二人とも、既にその手には自身の宝貝を握り締めている。


「望ちゃん、あいつら危ないよ。攻撃範囲が結構広い…」
「…あーいうのは俺っちたちに任せるさ! スースはうちの一族を頼むさ!!」
「ナタクは天祥をお願いね―――!!! 今回は参戦しちゃダメよ―――!!?」


太公望に不敵に笑いかける天化と、上空に向かって叫ぶ
その間にも、敵はどんどん近づいてくる。
太公望もここは二人に任せた方が良いと判断し、黄一族を自身の後ろへやり、打神鞭を構える。


「…ここはわしが守る。頼むぞ、、天化!!」
「任しといてっ!!」
「行ってくるさっ!!」


被害が黄一族に及ばないように、と天化は地を蹴り、一直線に敵の方へと向かった。










「なーんかか変な動きだと思ったら…」
「…手合わせしながらこっち来てたんさね…あの二人。舐めてんのかね」
「さぁ…。スピードは白い方が上、かぁ……んー、じゃあ…」


太公望たちとも敵ともある程度の距離を置いたところで、立ち止まったと天化。
敵の方は二人に気付いているのかいないのか、組み手のような動きをしつつ、あっちに行ったりこっちに行ったり。


「…ま、敵サンの事情はいいとして。、今回は?」
「…鉾型雪月華。前にコーチに試した戦法を、二人相手にやると思って」
「りょーかいさ」


そんな敵を見やりながら二人が宝貝を発動させたとき、敵の動きが止まった。
ここにきて初めてそれぞれ対峙する、と白い敵、天化と黒い敵。


「黒鎌、妲己様が仰ってた敵よ。いつの間に?」
「白鎌、こいつら…先程から近づいて来ていたぞ? 気付いていなかったか?」


女の方は白鎌、男の方が黒鎌。
双子を思わせる似通った容姿で、それぞれ白と黒の巨大な鎌槍を構えている。
それは一振りすれば緑の草原を一瞬にして荒れ野に変え、二振りすれば大木を薪の山にしてしまう。


「…ま、まぁいいわ。黒鎌、さっさと終わらせて私たちの決着を付けましょう」
「あぁ…。何も妲己様も、我々の手合わせ中に任務を申し付けなくてもいいものを…」
「あら、この程度の任務、何の障害にもならなくてよ?」
「確かにな。まさかこのような餓鬼が相手とは」
「餓鬼だろうが歳食ってようが、崑崙の奴らは全員同じようなものよ」


品定めするような目つきでと天化を眺め、肩を竦めながら言いたい放題の白鎌と黒鎌。
離れていてもしっかり聞こえてくるそれは、二人の闘争心に火を付けた。


「…なぁんか思いっきりバカにされてるさねぇ、…??」
「ま、あんな事言ってられるのも今のうちよ…。悪いけど、痛い目見て貰おっか?」
「あーあー、が地っ味ーに怒ってるさ…」
「天化も額に青筋浮いてるけど?」
「……へっ、あいつら絶対後悔する羽目になるさ」

――次の瞬間、が地を蹴るのを合図に、戦闘は始まった。








「…おっ、始まったぜ!!」
「あれっ!? さんが黒い方の人と戦ってますよっ!?」


一方、離れて様子を見守る太公望一行。
敵の注意は完全にと天化に引き付けられたので、太公望も打神鞭を下ろし、静かに様子を見守っている。


さん、大丈夫なんスか? 相手が男のヒトじゃ、南宮カツさんと試合した時みたいになるかもしれないっスよ!?」
「あやつは同じ過ちは二度も犯さんわ…何か策でもあるのであろう!」








「力で俺に勝てるとでも思ったのか? 崑崙の姫君」
「まーたそれですか…!? 人違い、よっ!!」


鉾型雪月華と漆黒の鎌槍を突き合わせると黒鎌。
鎌槍を弾き、その瞬発力を生かして後ろを取って攻撃を与えつつも、は力負けしてやや劣勢。
一方、天化と白鎌は天化がやや優勢で、天化の捲し立てるような攻撃をその鎌槍で防ぐので精一杯な白鎌。

いつの間にか、二組の間には少し距離が開いていた。
黒鎌に押されぎみのの後方には、白鎌を追いやる天化。


「「((そろそろさ(かな)…?))」」


互いに自分の相手を向いたまま、全く視線を交わさなくても、考える事は同じ。
伊達に十年近く毎日一緒に修行してきた訳ではない。

――共に、動くタイミングは完璧だった。


「「!!!」」


が、天化が、同時に――突き合わせていた宝貝から力を抜き、後方に向かって跳んだ。
急に力の釣り合いが取れなくなった黒鎌は前方に、白鎌は後方に向かって体勢が傾く。

体勢を立て直した黒鎌・白鎌の目の前にいたのは、先程とは違う対戦相手。


「ごめんねっ!!」
「「!!?」」


――次の瞬間、それぞれの新しい相手に向かって同時に繰り出された、莫邪の宝剣と鉾型雪月華。








「おおっ、決まったぞ! なるほどな…。やるじゃねぇか!! さすが天化の姉弟子ってだけあるな!!」
「うむ。やはりな…」
「えっ? どういうことッスか??」
「今のって、何かの作戦だったんですか!?」


白と黒の敵が光に包まれ始めるのを見て、武成王と太公望が感嘆の声をあげる。
何が「なるほど」なのか、「やはり」なのか分からない四不象と武吉は、頭に沢山の疑問符を浮かべている。
そんな彼らを見て、武成王と太公望は顔を見あわせ、ニヤリと笑った。


「…相手も男と女だろ? 普通に考えりゃ、天化が黒いの、が白いのと戦う。だがそれだと力対力、スピード対スピードになっちまって、なかなか決着がつかねぇ」
「だから敢えては最初に男に勝負を挑んだのだ。が瞬発力を生かして持ちこたえている間に、天化は女をあの位置へと誘導する。そしてあのタイミングで、力を抜く…」
「そうすりゃ相手には隙ができる。その隙を生かして、『普通』のパターンに持っていった、って訳だ!」
「それが一番手っ取り早く片付くと思ったのであろう…。体勢を立て直したとき、違う相手が目の前にいれば、敵の隙も大きくなるからのう…」


交互に解説する武成王と太公望。
四不象と武吉もその説明を受け、漸くスッキリとした納得顔になる。


「…でも、よく考えると危険っスよねぇ…タイミングがずれたらお終いっスよ?」
「ズレない自信が無ければ出来ることではないのう…十年近く一緒に修行してきた、姉弟弟子ならではの信頼感の成せる連係業よ」

「「…そーいうこと(さ)ね」」


一行の目の前では、いつの間にか戻って来ていたと天化が見事に声をハモらせていた。












――場所は変わって、朝歌・禁城。
不思議な歌を口ずさみながら空を見上げていた喜媚が何かを発見し、ぴょんぴょん跳ねながら義姉・妲己の元へ向かう。


「姉サマっ、また魂魄が飛んで行きっ☆ 今度は二つ一緒だりっ☆」
「あら喜媚ん、それはきっと白鎌ちゃんと黒鎌ちゃんよんvv …思ったより早かったわんvv さすがちゃんよねん? ……申公豹vv」
「おや、やはりバレてましたか」


妖艶な笑みを浮かべ、満足気に言う妲己。
「ねえ?」と振り返った妲己の後ろには、黒点虎に乗って宙に浮かぶ申公豹。


「…確かにあの子は予想以上です。上の下クラスの白鎌と黒鎌が、成す術も無くあっさり封神されるとは…さすが、元始天尊の秘蔵っ子といったところでしょう。まだまだその能力は、半分も使っていませんが。
…それにしても妲己、あなたがここまで彼女にちょっかいをかけるとは思いませんでしたよ」
「あはんvv あの子は、わらわにとっても重要な子なのよんvv もっともっと、強くなって貰わなくちゃんvv」


強大な妖気を纏い、狐の目をして言う妲己。
申公豹でもその真意は分からないようだが、そんな気配は微塵も見せず、話を続ける。


「聞仲は、の事…気付いているのですか?」
「さあねん…でも、時間の問題かしらん…聞仲ちゃんに気付かれたら、ちょっかい掛けにくくなっちゃうわねん…困るわ〜んvv」


――いやいやん、と楽しそうに言う妲己には、その言葉とは裏腹に、困っている様子は全く見られなかった。




<第26話・終>


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