「はい、んじゃあ望ちゃんで最後ね」


半月型になった斬風月を手に持ったが、隣の天化を見やる。
天化は莫邪の宝剣を片手に、太公望の入っている、最後の紅殊をゆっくりと斬った。
切れ目が入れられると、ぽん、という音を立て、紅殊は消滅した。








第25話
 ―悪い予感は当たるモノ。







「おおっ!! やった! 元のサイズに戻ったぞ!!」
「だらしねーなー、スースよー。何しに来たのさあんた。役に立ったのは耳せんだけさ」
「うるさいのう、放っとけ!」


否定はしない太公望に、は苦笑する。
今回は何だか分からなかったけど、これも策のうちだったのだろう、と思っておくことにした。


「それにしても…ナタク、ちょっとやりすぎだよ…予想はしてたけどさ…」
「うむ…臨潼関の住人はさぞかし大騒ぎであろう」


破壊しつくされた臨潼関を振り返り、と太公望は肩を落とす。
住人達にどう説明すればいいのやら、と二人して頭を悩ませている一方、彼女らの後方では、まだ戦いの火種がくすぶっていたようだ。


「おい! もういいだろう?」
「……? 何のことだ?」
「ああ……」


漸く騒ぎが収まってきたところで、ふよふよと浮遊しているナタクが天化を見下ろしながら口を開く。
彼らの眼から、戦闘意欲はまだ消えていない。


「……いいぜ、来いよ! 宝貝人間!!」


天化が莫邪の宝剣に手を掛けたのを確認すると、ナタクは乾坤圏を放つ。

――手合わせや稽古とは呼べない、戦闘が始まった。


「ありゃー…やっぱ始めちゃったか、あの二人…。ま、いつか出会ったらやるだろーとは思ってたけど」
「うう……こやつらを一つにまとめるのは一苦労やものう…」


半ば呆れて言うとは対照的に、太公望は先が思いやられる…と言わんばかりの表情。
手加減などという言葉は知らないナタクと、飛んでくる乾坤圏を莫邪で叩き落し、自らも跳び上がって攻撃をしかける天化。

そんな二人を見て、太公望は横で見ているを、少しだけ期待を籠めた目でじいっと見つめる。


「…のぅ、おぬしならあやつらを止められるのではないか?」
「んー…無理ってコトは無いけど……その代わりに二人とそれぞれ三試合くらいさせられる羽目になるわ…多分」
「……ナタクはともかく天化もか?」
「だって見てよあのキラっキラした眼。あんなに楽しんでる天化止めるなら、それ相応の楽しみを用意しなきゃ、ってコトよ」

「………」


苦笑すると、落胆する太公望。
まわりを見わたしてみても、誰一人として彼らを止めようなどと思う大人は居ないようだ。

そんな中、唯一駆け出していったのは、小さな金色頭。


「…あ!」
「待って! 天化兄さま!」


恐れることなく戦闘中の二人の間に割って入ったのは、黄家の末息子・天祥。
流石の二人も一時戦いの手を休める。


「天祥! 危ないからむこうに行ってな!!」
「もぉやめなよ! 怪我したら俺いやだよ! 死んだ母さまだって悲しむよ!!」


天祥の必死の言葉。
意外にも、反応したのは、宝貝人間・ナタクだった。
構えていた両手を下ろし、地上近くまで降りてくると、ナタクは天祥の前で宙に浮いたまま止まる。


「おまえ……母親がいないのか?」
「う…うん」
「…………では、今日は母親に免じてオレから引こう」


しゅんとして言う天祥に、ナタクは無表情ながらも、そう声を掛ける。
離れて成り行きを見守っていたも、その言葉に胸を撫で下ろした。


「ほっ、本当!? ありがとう! ナタクにーちゃん!!」
「ナタクさんっ!! すっごく強いんですねっ! 感動しましたっ!」


わーいわーいとナタクに飛びつく天祥。
そんな二人のもとに武吉も走って寄ってきて、ナタクの周りは一気に賑やかになる。
も戦闘騒ぎが収まったのを確認すると、その集まりに寄っていく。


「変わったね、ナタク!! うん。いい傾向だよ!! それにしても、今回は壊しすぎよ? ちょっとは反省してよね?」
「ム…」


からから笑いながらナタクの背中をばしばし叩く
ナタクの方も抵抗も見せず、ぼんやりとを見つめながらされるがままになっている。

そんな様子を、太公望と四不象は離れた所から見やる。


「ナタクくんも、あの三人には敵わないっスね」
「そうかのぅ…ただのマザコンでは? …まぁ、それはよいとして――――」


太公望は一旦言葉を切ると、呆れ顔を引き締め言葉を続ける。


「安心するのはまだ早いぞ、スープーよ。聞仲は次々と名のある仙人を送り出すであろう…。気を引き締めねば、ここにいる全員が生きて西岐の地を踏めぬぞ!!」















「あれが潼関かぁ!!」
「…やっと見えてきたな! 今日中に越えられるといいんだが……」


――あの騒ぎから数日後。
臨潼関を越えた一行は、漸く次の目的地・潼関を肉眼で確認できる距離まで歩みを進めていた。


皆の歩く早さに合わせてゆっくりと低空飛行している四不象の背中には、仰向けに寝転がる太公望。
一度起き上がって関所を確認すると、再びごろりと寝そべり、丁度真上に近づいてきた太陽を仰ぐ。


「ね、望ちゃん! そーいえばさ…」
「むぅ?」


陽の光に眼を細めていた太公望の顔に、あおい影が差した。
一房だけ長い藍色の髪に頬を擽られた太公望は、むずむずした感触に軽く顔をしかめる。


、髪…」
「あ、ごめんごめん。…ねぇ、聞仲はまだ刺客送ってくるだろうけど、妲己はどうなんだろ? あの四人なんて、悪く言えば捨て駒だったんだろうしさー…」


流れる髪を耳に掛けつつ、寝転がっている太公望の顔を覗き込みながら、器用にすぐ隣を歩く
真剣に考えながら問うに対して、太公望はのらくらと答える。


「さあのーう…あやつの考えなど、わしには分からぬわ」
「またー…。確信は無くたって、予想は何かあるんでしょ? 教えてよ〜!!」
「なんだ、今日はやけに突っかかってくるのぅ…」


普段なら割とすぐに諦めるのいつもと違う反応に、太公望は思わず姿勢を正す。
真面目に話を聞く様子を見せる太公望に、は少し自信なさそうにしつつも、ちらりと太公望を見つつ言葉を続ける。


「…だって今朝は朝焼けが凄かったし。今夜は満月だし」
「は?」


思わぬ返答に眉をひそめる太公望。
それがどうした、と言わんばかりの反応を見て、は太公望が口を開く前に更に言葉を続ける。


「や、あのさ…。どっちも嫌いじゃないんだけど、何か…嫌な事の前兆に見えちゃうのよね…。何でだか分かんないけど、昔からそうなの」
「………ほう」


そこまで話を聞くと、太公望の表情が微妙に変わった。
複雑な表情でを見つめる太公望だが、はその視線には気付かない。


「…まぁでも、気にし過ぎなだけかもしれないし! ごめんね? 変なコト訊いて。ちょっと気晴らしに飛んでくるよ!」


太公望の返答を待たずに、は鞄から煽鉾華を取り出すと、二人の後方を歩く黄一族の方に向かった。
先程垣間見せた少し不安げな表情は、露ほども見せずに。



「ねぇ、天祥も一緒に飛んでみる?」
「わぁ! 本当!? 行く行く!! 乗せて!!」
「………」
「…何よ天化。天祥乗せてちょっと飛ぶくらいで、この前みたいなスピードは出さないって…。そんな心配顔で見なくたっていーじゃない…」




を離れて見守る太公望は、未だ複雑な表情を消せずにいた。










「わあーっ! すごいね姉ちゃん!! 気持ちいい―――!!」
「でしょー? しっかり掴まっててよ!」


煽鉾華に乗り、黄一族の上空をゆっくりと飛ぶと天祥。
そのすぐ横では、ナタクも大人しく一緒に飛んでいる。


「すごいや! 朝歌も臨潼関も、次の関所も見えるよ!!」


初めての空中散歩にはしゃぐ天祥を、は優しい眼差しで見つめる。
そんな時、きょろきょろと辺りを見回していた天祥が、その視線を一点で止めた。


「あれ…??」
「…ん? 天祥、どうかした?」
「あっちの方にさあ…変なのがいるよ? 何あれ!? 変な動き方ー!!」
「変なの……?」


天祥の指差す方を確認する
そこに居たのは、おかしな軌道を描きながらも、確実に自分たちの居る方に近付いて来ている二つの人影。
彼らが通ってきた道には木も草も一本も残っておらず、通ってきたであろう道がすぐに見て取れる。


「…あれは……朝歌から!?」


は小さく呟くと、煽鉾華を空中停止させ、天祥を抱きかかえると、真横に浮かんでいるナタクに向き直る。


「ナタク、ちょっと天祥お願い!」
「…ム!?」


ナタクが口を開く暇も与えず、は天祥をナタクの背中にしっかり乗せると、地上に向かって急降下する。
次の瞬間、は太公望のすぐ背後に、音も無く着陸した。


「望ちゃんっ!!」
「うおっ!? ……な、なんだ、か…。むう? おぬし、天祥はどうした?」


突然後ろから声を掛けられ、驚いて大声をあげる太公望。
その上、連れて行った天祥が居ないこともあり、全員の視線がに集中する。


「上のナタクに預けてる!! ねぇ望ちゃん、刺客来てるかも!!」
「何っ!?」


一行に緊張が走ったその時、敵はすぐ後方まで近付いていた。




<第25話・終>


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