「む?」
「何か飛んでくる…」


「うわぁぁ!! ヒトが空を飛んでますよっ!!!」
! あいつって…!!」
「そうそう。そのあいつだよ。って言っても、天化は実際会うのは初めてだっけ?

………久しぶりね…。頼むから、味方は封神しないでよ…?


――場所も、言葉も、立場も違えど、その場に居る人たちは皆、上空の一点を見つめて呟いた。








第24話
 ―蓮の化身と道士と。








キイイィイイイィイイイイン…という大きな音を立て、地上に向かってくる一人の少年。
と天化は額に手を翳し、青空に浮かぶ赤い点を見上げる。


「…なんかあの子、宝貝増えてない…?」
「良く見えねぇけど…一体幾つ付けてんさ!?」
「んー…私も分かんない…。ま、でも確実なのは、最初っからやる気満々みたい、ってことかな…。あんまり破壊しすぎないでよ…?」


少年はある程度まで降下すると、その動きを止め、関所の壁に向かって両手を突き出す。
その次の瞬間、の呟きも虚しく、その少年は全力で宝貝を発動させた。


「何っ!!!!」


「おー…」
「あーもう、あの子ってば……」


地響きするほどの音を立て、もうもうと煙を上げ、城壁が崩れ落ちていく。
突然の出来事に、敵も味方も驚きを隠せない。


「…ぜんぶ破壊する!!」








「あれは……ナタク!!?」
「ナタク……?」


崩れ落ちる城壁、空飛ぶ赤毛の少年を交互に見て、太公望が思わず声を上げる。
…名前が知れれば、張桂芳の思うつぼだということも忘れて。


「御主人! ナタクくんが助けに来たっスよ!!」
「なんだかますます宝貝のオプションがついておるのう……」


四不象も喜びのあまりか、普段のように突っ込みを入れることも無く、自身もその名前を口にする。
そんな会話を風林は聞き逃さず、太公望たちのいる紅珠に顔を近づける。

そこで漸く、太公望たちは自らの犯した失敗に気付いた。


「ナタク……そうか、あの少年はナタクというのか。凄まじい破壊力の持ち主だ。だが名前さえわかればこちらのものよ!」
「ナタク動くな!!!」


上空のナタクを見上げ、張桂芳が叫ぶ。
しかし、ナタクは表情一つ変えず、張桂芳を見下ろしている。


「……? 何の遊びだ?」
「なにっ!?」


何も起こらないのを確認すると、ナタクは背負っている新しい宝貝に手を掛け、一気に発動させる。

――鋭い光線が、張桂芳のメガホンに一直線に向かい、それをいとも簡単に破壊した。





「あー、そっか…昔太乙が言ってたのって、こーいう事なのね…。やっぱりナタクは神経無いって事か…」


被害の及ばない所に居るは、場の状況を冷静に観察する。
昔の話をしみじみと思い出しながら呟くに、武吉は首を傾げた。


さん、神経って、痛みとか感じるアレですよね? 神経が無い人なんて居るんですか!?」
「うん。厳密に言えば、ナタクはヒトじゃなくて蓮の花の化身なんだって」
「蓮の花の、化身…」
「へぇ…」


見るからに驚く武吉と、顔には出さずとも同様に驚く天化。
そんな二人に、は「あ、でも…」と言葉を続ける。


「…ヒトじゃない、って言っても、普通の人間から見たら私たちだって同じよ。まぁ、ちょっと丈夫にできてたり、ちょっと特殊な特技があったりするだけね」
「なるほどー…。それで、ナタクさんは普通よりちょっと凄いから、あれが効かないって事なんですね!」
「そ。多分アレ、神経攪乱系の宝貝だからね。音波で脳に刺激を与える宝貝、だったっけ? 昔、普賢に習った気がする…」
「だから名前を言われると動けなくなってた、ってワケさねー」


たちが感心しながらナタクを眺めていると、今度は紅珠がナタクめがけて飛んでいく。
ナタクは、口を開いて迫り来るその宝貝を一瞥すると、そのまま無抵抗で飲み込まれた。


「ああっ!!」
「あらまー」
「うわ…なんか…次の行動が簡単に予測できちゃう…。望ちゃんたち、危ないかも…」


先程から完全にギャラリーと化している武吉・天化・
捕らえられたナタクを見て、個々の反応が分かれる。
は暫く難しい顔をしていたが、ひとつ溜息をつくと横の二人に向き直る。


「…ねぇ武吉」
「なんですか?」
「これから何かあっても、武吉はここから動いちゃダメだよ。望ちゃんたちは私と天化が隙を見て何とかするから」
「え…?」


の言葉に武吉は少々困った顔をしたが、天化のほうはの意図が分かり、言葉を引き継ぐ。


「天然道士でも、人間は宝貝には触らない方がいいらしーさ。スースたちは宝貝に捕まってるかんね…俺っちたちに任せるさ!」


納得した武吉が、二人に向かって口を開こうとしたその時。
ドン、という音と共に、一つの魂魄が封神台に向かって飛んでいった。


「ほら来たぁ…そろそろ行こっか、天化!」
「りょーかいさ!」
さん、天化さん、お師匠様たちをお願いします!」
「「おう!」」





「ぬぅ、いかん! 城壁が崩れ始めた!! ナタク! 早く助けよ!!」


紅殊の中から太公望が叫ぶ。
ナタクは既に内側から紅殊を破壊し、外に出て、もとの大きさに戻っていた。

崩れ落ちてくる城壁も全く気にせず、ナタクは叫んでいる太公望を見下ろし、冷たく言い放つ。


「知るか! そんな宝貝に捕まるような弱い奴は死ね!!」
「薄情者ーっ!!」
「ぎゃ――っ!! マジ死ぬーっ!!!」


ナタクは本当に助けるつもりは無いらしく、見捨てられた紅殊の周りには次々に瓦礫の山が出来ていく。
いつ潰れてもおかしくない、と、紅殊に捕らえられた人たちが本気で思ったその時。


「あーもう、やっぱりねー…ナタクってば、相変わらずなんだから」

「!!!」


スタッ、という軽い音がした瞬間、紅殊の中の人たちは軽い浮遊感を感じた。
その次に聞こえたのは、今までより一段と激しい、瓦礫の落ちてくる音。

落ちてきた瓦礫の行き着いた先は、ほんの一瞬前まで紅殊があったその場所だった。


「間一髪だったねー…みんな、だいじょぶ?」
「…!! 助かったぞ!」
「良かったー…んじゃ行くよ? ちょっと揺れるから気をつけてねー」


は軽くニッと笑うと、その瞬発力を生かし、次々に降って来る瓦礫をものともせずに走り出す。
程なくして、瓦礫の山から抜けかけたの目に入ったのは、赤い髪の少年。


「こらナタクっ!! 太乙に『太公望を助けろ』って言われて来たんじゃないの!? …どーせそれを条件に貰ったんでしょ〜? その宝貝っ!」
「!」


は言うだけ言うと、凄いスピードでナタクの横を走りぬける。
すれ違い様に、彼の頭を叩くのも忘れない。

しかし、その口調は、本気で怒っているそれではなく、悪戯少年をちょっと注意する程度のもの。
その証拠に、の顔にも相応の笑顔が浮かんでいた。


「………」


叩かれた頭に手をやり、ナタクはじっとを見送る。
そのせいか、後ろに迫る気配には気付いていない。


「(そうか…この少年が、噂の宝貝人間か…!! ――ならば、体内のどこかに「核」があるはず……それをえぐり出せば!!!)」


ナタクの後ろから、張桂芳の腕が伸びる。
しかし、その腕が、ナタクに届くことは無かった。

ヒュンッ、という、空気を斬る音に反応し、張桂芳とナタクは後ろを振り返る。


――次の瞬間、張桂芳もまた、封神台へと向かっていった。


「よ! 俺っちは天化っつーんだ! よろしくな、宝貝人間!」


振り返ったナタクの目の前には、莫邪を片手に軽く言う天化。


「よけいな事を……!!」


ナタクの瞳が、ゆっくりと天化を捉える。
無感情に見えて真っ直ぐで、悔しさが滲んでいて…それでいて、新しい玩具を見つけたような瞳で。




「……やれやれ、またひと騒ぎ起こす気じゃないでしょーね、あの子…」


――ナタクが初めてに勝負を挑んだ時と、同じ瞳で…。




<第24話・終>


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