「――何だ? 止まっちまったぞ!?」
「あの宝貝の効果!? 何なの…!?」

「かっ…体が動かぬ!!」








第23話
 ―垣間見えた不安








先鋒となって様子を見る、と、敵に向かって威勢よく走っていった太公望。
メガホン形の宝貝をもつ聞仲の配下・張桂芳に名前を呼ばれた途端、その場から一歩も動けなくなっていた。

太公望が停止したのを確認すると、もう一人の敵・風林は、自身に巻きついている数珠のような宝貝に手を掛ける。


「疾っ!!!」
「!!!」


その声と同時に、数珠の一つが巨大化し、太公望に襲い掛かる。
ばくばくと口を大きく開けた数珠の一つは、物凄い勢いで、動けない太公望をその中に入れてしまった。


「げっ!」
「なっ、何あれ!? 望ちゃん!?」
「御主人が食べられたっスよ!!!」


シュルルル…と音を立てながら、風林の手元へ飛んでいく数珠。
次第に中に居る太公望もろとも縮みつつ、元の数珠繋ぎの中に納まった。


「…ま、まさか望ちゃん…あのまま消化されたりしないわよね……」
「「…うっ……」」


敵の能力が未知数な上、人質まで取られてしまっては、たちはただ見守ることしか出来ない。
訳の分からない数珠を睨むの頬に、冷や汗が流れた。


…スースっていつもああなんかい?」
「んー…割と、ね……。でもどーしよー…あれも策のうちなのかなぁ……でもやっぱ助けに行くべき…?」


一応頭である太公望が早々と捕獲されたことで、と天化は途方に暮れる。
はこれからどう動くべきか考えを巡らし、うーん…と小さく唸る。


「どうしよ…でも望ちゃんなら……」

さん! ボク、行って来るっス!!」
「…ん、何? …スープー!?」


敵が動く様子を見せない間に…と、脳をフル稼働していたの耳に、四不象の決意の籠った声が届く。
がその意味を理解するより早く、四不象は敵に向かって飛び出した。


「こら――!! あなたたち!! 御主人を返すっスよ!!! 返さなければこのボクが相手っスよ!!!」

「…え、ちょ、スープー!?」
、いっくら敵が動かねぇからって…ちょっちトリップしすぎさよ…」
「…天化! っ…もー…、気付いてたなら止めてよ…!!」


後ろから聞こえた呆れ声に、はぱっと振り返る。
の口から文句の言葉が出てくるより先に、天化はニッ、と笑って、口に人差し指を当てた。


「スースもカバっちもまだ大丈夫なんだし、暫く黙って様子を見るさ。あの宝貝の能力、案外簡単に分かるかもしんねーさよ?」

「………」


天化はそう言いつつ、ぽんぽん、との頭を叩く。
酷く懐かしいその感覚に、は漸く我に返った。




…裏に隠された『落ち着け』という言葉が、聞こえたような気がした。

きっと、自分でも分からないうちに、焦って、動揺していたのだ。
仲間が捕まる、という、初めての事態に。


――初めて、かどうかは、定かではないけど…。


…とにかく、これくらいで戸惑っていてはいられない。
世界の歴史を動かすこの計画は、まだ始まったばかりなのだから。




「…ありがと天化。暫く様子見、ね」
「どーいたしまして。…にしても、俺っちがやっても効くんさねー…」
「何よそれ………ん?」


と天化が話を続けている間に、戦況に動きが出ていた。
気付いた二人がそちらに視線をやれば、四不象が敵を睨みつけている。
対する太公望は、数珠の中から敵に話しかけている。


「あやつは四不象だ」
「おおっ、そうだ!! …四不象!! 動くなっ!!!」
「はぐあっ!!!」



「うわ、スープーが!!」
「ありゃー…」


張桂芳に名前を呼ばれた四不象は、太公望と同じ運命を辿った。
言葉の通り、太公望と同じように、同じ条件で。

…その光景を見届けて、と天化は顔を見合わせる。


「…ん? ちょっと待って、そっか!」
「名前、さね! そーか、だからスース、これ…」
「これ? あぁ、さっきのマル秘アイテム? 何貰ったの??」
「コレは……」

「…この調子で行けば他の連中も簡単だ」


天化の言葉を遮るタイミングで、張桂芳が口を開いた。
右手に握る紙に眼をやり、すうっ…と大きく息を吸い込む。


「「げ…まさか……」」


…宝貝の性質を理解した今、その行動は、嫌な予感しか生まなかった。
しかし、無情にも、その予感を現実にする言葉はすぐに発せられる。


「黄飛虎・天禄・天爵・天祥・飛豹・天化・黄滾・周紀・黄明・呉謙・竜環よっ!! 動くなっ!!!」








「あやつは秘湯混浴刑事エバラという……」
「秘湯混浴刑事エバラです! 桂芳さま!!」
「エバラ!! …秘湯混浴刑事エバラ、動くなっ!!!

「ぎゃ――――っはっはっはっはぁ!!!」


太公望と同じ方法で黄一族を捕らえた張桂芳と風林は、一人残された武吉を捕らえようとしていた。
しかし、迫り来る紅珠の速さをも上回るスピードで、武吉は「わーい!!」と叫びながら楽しそうに逃げ続ける。

そこで太公望から名前を聞き出し、武吉を捕らえようとした張桂芳。
教えられたとおりの名前を、何の疑いも無く真剣そのものの表情で叫ぶ張桂芳に、捕らえられている太公望たちも思わず爆笑する。


「踏みますよ?」
「ギャ――――!!!」


バカにされたことに漸く気付いた風林が、再び太公望を脅す。
その横では、張桂芳が「私としたことが…」と頭を抱えていた。


「いかん風林! 太公望のペースに巻き込まれては!! そのものは仙人界きってのアホ道士なのだ!!」
「――了解です。まぁ、この『紅珠』はいくつもあるのですから…挟み撃ちならどうですか!?」

「!!」


風林が、言葉と共に紅珠に手を掛け、武吉に向かって飛ばす。
さすがの武吉も前後左右の両方からの紅珠の猛進には逃げ場がなくなる。


万事休すか、と誰もが思った、そのとき。

――武吉の前後で、風を切る音が、ふたつ。


「!!」


「へっへ――…俺っち達を忘れてもらっちゃ困るさ――」
「私なんて名前呼ばれてないしねー」
「天化さん!!? さん!!!」


武吉の前に颯爽と現れたのは、それぞれ莫邪の宝剣と煽鉾華を構えた天化と
二人の前では、見事に斬られた紅珠が、その役目を果たせなくなって転がっていた。


、煽鉾華で斬ったんさ!?」
「うん! 改良するときに、この花びらが一枚一枚刃物にもなるようにしてもらったから。楊ゼンの三尖刀みたいな切れ味ね」


そう言うの手に持つ煽鉾華は、飛行型の時と変わらないチューリップ状の形。
がその煽鉾華を振りかざして斬った紅珠は、真っ二つではなく、いくつもの輪切り状態になっていた。


「…ますます強くなっていくさね、は……」
「ふふっ、天化にはまだまだ負けてらんないから!! …ってか天化、さっき名前呼ばれてたわよね? あ、じゃあ、もしかして望ちゃんのマル秘アイテムって…!」
「あぁ…スースめ、ニクイことしてくれるぜ…」


訳知り顔のと対照的に、後ろの武吉は首を捻っている。
そんな二人に、天化は自身の耳から、その『マル秘アイテム』を取りだして見せた。


「スースが修行時代に居眠り用に使ってたっていう強力耳栓さ。あのメガホンが音に関する宝貝っぽい、って、アタリをつけてたみたいだかんね、スースは」
「…なーるほど……望ちゃんってば…」
「わぁっ、やっぱりお師匠様は凄いですねっ!!」


この窮地を救ったのは、居眠り用の耳栓。
…これは…感心していいのか、いけないのか。
本気で感心している武吉とは対照的に、は複雑な表情で苦笑い。


「だがよ…これはまずいべ…。あんだけ人質とられちゃ、こっちから手を出せねぇさ」
「そーね…ダッシュで取りに行くってのも考えたけど、あの捕獲宝貝、風林ってヒトに巻きついてるし…迂闊なことはできないわ…」


じっ、と三対の双眸が見つめる先には、お目当ての武成王を捕獲し終えた敵二人。


、どーするさ?」
「んー…このままじゃあの人たち、絶対私達シカトして西岐に向かっちゃうよね」


…目の前の状況は確実に、先程よりも悪くなっている。
しかし、今回のはこの状況を冷静に分析し、打開策を練る。


「だから………んっ? …ちょっと待って!!」


ふと、の視線が、上空に移動した。
何かを探してきょろきょろと動く藍色の瞳は、やがて一点で止まる。


さん、どうしたんですかっ?」
「…何とかなるかも!! …ちょっと手荒な方法だけど」


…視線を天化と武吉に戻したの顔には、確かな自信の篭った表情が浮かんでいた。

彼女の後ろに見えたのは、徐々に大きくなっていく、赤い点――。




<第23話・終>


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