「姉サマっ☆ 武成王に送った刺客はうまくやってるカナっ☆」
「あらん、あんな弱い四人じゃ、もぉ殺られてるはずよん。
わらわが武成王に追手を出したのは、聞仲にはっぱをかけるため…。どうやら、それは上手くいったようねん。
…だから次は、人間界に戻って来た崑崙の姫…ちゃんにちょっかいをかける為に出してみようかしらん……ねぇ喜媚ん、今度は誰がいいかしらん…」

「うーん…喜媚、分かんないっ☆」

「あはん、ダメな子ねん!
……そういえば、ちゃんは今回…弟弟子と一緒に戻って来たのよねん…。それなら、こっちはあの兄妹を送ってみようかしらん…。

……うふ、楽しみだわん」








第22話
 ―交錯する、それぞれの思惑








「太公望どの…本当に久しぶりだ! 変わらねぇな、おめぇは」
「おぬしは色々あったようだのう」
「ああ…」


――臨潼関で、三方向から集まった、黄一族・太公望一行・と天化は、無事に合流を果たした。


太公望とは何年か振りの再会となる武成王。
久々の会話を交わす彼らのもとへ、軽やかに走っていく青い人影がひとつ。


「…望ちゃ――ん!!」
「おぉ、! 戻って来ておったか!! 間に合って良かったわい!」
「ん! ただいまっ!」


は太公望に笑いかけると、見てくれと言わんばかりに自身の鞄を指差す。
不思議そうな表情を浮かべて近寄ってくる太公望の前で、取り出したのは煽鉾華。


「じゃーん! 太乙に改良してもらった、三代目煽鉾華でっす!」
「ほう…。では、これが…」
「そう。仙人界降りる前に預けといたのよ。この前使ってた二代目に比べたら段違いのスピードなの」


だから、と一旦言葉を区切ると、は太公望を見据える。

…藍と青の双眸が、まっすぐかち合った。


「…もー気にしないでよ? これで大丈夫だから。むしろパワーアップできたし、ね?」


柔らかく笑んではいるが、その瞳に宿る色は真剣そのもの。
曖昧に誤魔化した答えでは、きっと許しては貰えない。


「(なんつーか、立場、逆ではないか…?)」


の言わんとしていることは分かる。
二代目煽鉾華が粉々になってしまった件は、これで終わりにしようというのだ。

…本当は、戻ってきたら、しっかりと謝ろうと思っていたのだが。


「……はー。わーったわい! ったく、わし、まだ何も言っておらぬのに……」


ばつが悪そうに視線を地にやり、がしがし頭を掻く太公望。
はそんな太公望を見やり、くすっと笑うと、太公望の後方に眼を向けた。


「…話、終わったんかい?」
「ありがと、もーいいよ」


の言葉を受け、二人に近付く若い道士。
後ろから太公望の肩を軽く叩くと、人好きのする笑顔を浮かべた。


「あんたが噂の太公望スースだろ? 俺っちは天化っちゅーんだ」
「おぉ、知っておるぞ。十二仙の一人、清虚道徳真君の弟子であろう? の弟弟子だな?」
「ああ。俺っちも崑崙であんたの噂は聞いている。いっちょ力になるぜ」


煙草をふかしながら言う天化に、太公望は「うむ!」と満足気に頷く。
しかしにっこり笑ったのも束の間。今度は真剣な表情を武成王に向けた。


「武成王よ…妲己の手下はやっつけたようだが、今度は聞仲が追っ手を出してこよう」
「聞仲!?」


驚く黄一族とは対照的に、武成王は至って冷静に頷く。
聞仲と深い付き合いのあった彼には、これも予想の範囲内だということ。


「急がねばどしどし追っ手が来る。そうなってはやっかいだ。――急いでこの臨潼関を抜けるのだ!」

「…望ちゃん、もう来てるみたい。見てあそこ」


黙ってやりとりを聞いていたが、唐突に口を開く。
一行が促されるがままに関所を見れば、目に入ったのは、瓦礫の中に立つ二人分の人影。


「むぅっ、本当だ! 言った矢先にこれか! 妲己も聞仲もそつがないのう!」
「西岐に着くまでこんな感じなのかな…。確かに厄介ねー…。どうする?」
「どうするもこうするも…やるしかあるまい?」
「ま、ね…」


「お待ちしておりました、武成王の御一族。私は張桂芳」
「私は風林」
「聞仲さまの命により…」
「…ここで足止めさせて頂く」


敵は一歩こちらに近づき、宝貝を構えつつも、丁寧な口調で武成王一族に告げた。










――その頃、崑崙山脈では、幹部に招集が掛かっていた。
整然と居並ぶ十二体の黄巾力士の前に立つ元始天尊が、厳かに口を開く。


「崑崙十二仙よ! 長年のライバル・金鰲列島と雌雄を決する時が、じきに来るようじゃ」


その目に不思議な光を湛えながら、元始は一体の黄巾力士に向かって声を掛ける。


「清虚道徳真君!!」
「はい!」
「おぬしの弟子らはたいそう役立っておるようじゃのう!」
「はい…天化はまだ未熟とはいえ、父譲りの武芸の才を持っております。宝貝『莫邪の宝剣』もすぐ使いこなしてしまいましたよ。
それには我々が総出で育てただけあって、もはや仙人クラスに近い能力を持っておりますし、そのスピードは、仙人界最速の彼女の霊獣・宛雛をも凌ぐほどです」


の名前が出たことによって、育ての親である十二仙は少しざわつく。
口々にを褒めたり、成長を喜んだりするそのざわめきが落ち着いてきたところで、元始天尊が再び口を開く。


「おぬしら…あんなに引き止めにかかっておいて…送り出した後は落ち着いたものよのう……。
して、崑崙十二仙よ…。そののことで、おぬしらに……

…言っておかねばならぬことが、あるのじゃ…


――大きくは無いが、良く通る声で告げられた、言葉。
崑崙総統の意味深な言葉に、和やかな雰囲気が一転、その場に緊張感が漂う。


「…竜吉公主と雲中子も交え、三日後に幹部会議を行なう」


――静かに告げる元始天尊の表情は、崑崙十二仙でも読み取ることはできなかった。
その後、元始は太乙にナタクの出撃を依頼すると、それ以上何も言わず、玉虚宮の奥へと入っていった――。








「聞仲配下の金鰲の道士か……!」


…一方、地上の太公望一行。
現れた敵に向かって、太公望が打神鞭を構えつつ呟く。


「御主人、あの人たちの持っているモノは宝貝っスかね?」
「確かに変な形よねー…どーやって使うのかな…??」
「金鰲島とは流派が違うゆえ、よくはわからぬが…」


問いかける四不象とを置いて、太公望は声を小さくして天化のもとへ向かう。


「天化! おぬしにこれを与えておこう…」
「?」
「……万が一のため、このマルヒアイテムを……」


ごにょごにょと二人だけで話す太公望と天化。
怪しげな呟きを漏らす太公望の後ろでは、四不象とが顔を見合わせていた。


「大丈夫っスかねぇ…」
「…大丈夫よ、多分!」


しかし、のフォローを打ち消すかのように、太公望は先程からゴニョゴニョ言うばかり。
聞こえてきた怪しい呪文のような言葉に、四不象は心配顔を濃くする。


さん…あのヒト、確かに策はあるかもしれないっスけど、絶対楽しんでるっスよ……」
「まぁまぁ…」


溜息をつく四不象を苦笑しつつ宥める
そんな中、先程から沈黙を守り続けていた敵が、漸くその口を開く。


「武成王! あなたが朝歌を裏切ったなんて今でも信じられません。他の誰が裏切っても、あなたと聞仲さまだけは最後まで残ると思っておりましたから…」
「張桂芳…」


「武成王、あやつらを知っておるのか?」
「ああ…やつらは青竜関の総兵とその部下だ。どんな奴らなのかまでは聞いちゃいねぇがな…。
しっかし…最初から奴らを出してくるとは…。本気で俺を殺すつもりか…あいつらしいぜ…」


遠い目をして言う武成王。
その横で、太公望が「うーむ…」と唸りながら打神鞭を構えた。


「あの二人の宝貝についてはわからぬか…では、一つわしが先鋒となって様子を見よう…この打神鞭も活躍を望んでおる!!

…わき上がれ天! 轟けマグマ!! 炎の男爵太公望まいる!!! わ―――――っはっはっはっは!!!


ヒュン、と打神鞭を唸らせると、太公望は物凄い形相で敵に向かって一直線に駆けていく。


さん、御主人が壊れたっス…」
「うーん…ちょっとだけ、心配になってきたかも……。敵も宝貝構えてるし…」


ドドドド…という音と共に、妙なテンションで叫びつつ駆けていく、太公望。
冷静そのもの、といった態度を崩す気配の無い、敵。

彼らを見比べつつが呟いた、丁度その時。


「太公望よ、動くなっ!!!」

「いっっ!!!?」
「!!?」


張桂芳がそのメガホンのような宝貝を使って一声叫ぶと、太公望の動きがピタッと止まった。




<第22話・終>



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