「…気っ持ち良〜い!! やっぱだいぶ速いわね〜!!」
「……もう、口開いてもいーんかい…?」
「うん! 結構スピード出してるけど、これでもちょっと落とした方だし。……ってか天化、凄い脂汗…どしたの?」
「え? そ、そーさ? (こんっっな恐ろしいスピード出されちゃ当然さ!! っつーかしっかり前向いて欲しーさ!!!)
「ふーん…? ま、いいけど…それより天化、そろそろ地上のチェック、よろしくね」


「………あぁ」








第21話
 ―着陸地点は、台風の目








――と天化が仙人界を飛び出して、数十分。


至上最高の速さを誇る飛行型雪月華に乗り、人間界を目指す二人。
宛雛をも上回るスピードで、あっという間に地上の様子を肉眼で確認できる距離に到達した。

さすがにここからは少し速度を落とし、武成王一族を探しつつ進む。


一応飛行に専念するが前方を、後ろに乗る天化が左右を見渡す。
目の前に広がる景色は、殆ど遮る物の無い大平原。


これならそう苦も無く見つかるのでは、という二人の予想は、早々と的中した。


「……、見えたさ!!」
「え!? どこ??」
「こっからまっすぐ北東の方向さ! ちっと敵もいるみたいさね…」


の腰に回された天化の腕に、ぎゅっ、と力が篭る。
そこから伝わる、言いようの無い大きな不安。


「あれ…か……」


言われた方向に柄の先を向ければ、まず目に入る大きな関所。
目を凝らして見ると、閉ざされた扉の前に立つ十人程度の集団が確認できる。


そして、関所の上から彼らを見下ろす数人分の人影。
どこか人間らしくないそのシルエットは、おそらく敵の妖怪仙人のもの。


「おやじ……!!」

「………」


風に流されそうな小さな呟きも、この至近距離なら逃さない。
は前を向いたまま笑ってみせると、雪月華に送る力を更に増した。


「任せて! この距離なら1分以内で行ってみせる!!」
「! …頼むさ!」








――その頃の、地上の武成王一族。

力ずくで臨潼関を通過しようとしていたところ、妲己の送り出した四人の妖怪仙人によって足止めされていた。
しかも、敵の手の内には、武成王・黄飛虎の父、黄滾が人質にとられている。


縄できつく縛られた黄滾は、関所の塀の上から息子たちに声を掛ける。


「飛虎よ……私のことはいい…若いお前たちは、自分の思う道を進むのだ!!」


迷いのない顔で言う黄滾に武成王は俯き、「ばかやろう…」と苦しげに呟く。


「これ以上身内を死なせられるか!!! 俺一人の命で済むならくれてやらぁ!!!」


どかっ、と勢いよくその場に座り込む武成王。
敵の一人・黄倉は、上手くいった、とニヤッと笑うと、その手に持つ槍のような宝貝を武成王に向ける。


「よし、そこを動くなよ!」




――その時、その場に居る人々は、誰一人として気付いていなかった。
この臨潼関に、二人の道士が降り立ったことを。




「盛り上がっちゃってるねぇ…俺っち達もまぜてもらえっかい?」

「!?」


その声によって漸く気付いた敵が声を上げるより速く、声の主は、容赦ない攻撃を仕掛ける。


「ぐあああああっ!!」


…魂魄がひとつ、封神台に向かって飛んでいった。
仲間が封神されて初めて、残された二人の妖怪仙人は口を開く。


「りょ、呂能!!」
「なっ…!! 誰だテメエら!!!」

「へへっ…俺っちは黄天化! 黄飛虎の次男ってトコかな!!」
「天化、楽しそーな顔〜…。まぁ、久々の再会だしね。…はぁ、でも、間に合って良かったぁ…」


振り返った敵の目の前に居たのは、戦闘中の緊張感を欠片も感じさせない二人組……と、天化。
最高速度で雪月華を飛ばしてきたには流石に疲れが見られるが、それでも余裕は失っていない。


「!!」
「何!?」
「天化!?」


余りに突然の出来事に、その場に居合わせた全員が、息を呑む。
しかし当の二人は、あくまでマイペースのままで。


「よぉおやじ、元気にしてたか――っ? …ずいぶんフケたな――っ!!」
「…あ、お爺さん、大丈夫ですか? 今縄切るんで、ちょっと動かないで下さいね〜」

「あ、ああ…有り難う…」


――漸く、場の空気が、再び動き出した。


だははは、と笑う天化は、塀の上にしゃがんで下に居る一族を見下ろす。
は雪月華から一枚の斬風月を取り外し、黄滾の縄に手をかける。

――二人とも、敵の妖怪仙人たちには目もくれずに。


「(こいつらバカか!? 戦いの最中に敵に背を向けるとは!!)」
「(何にせよ、今は隙だらけだ!! さっさと封神してやろうぜ!!)」


残された二人の妖怪仙人、黄倉と曹易は顔を見合わせる。
そして、今がチャンスだ、と言わんばかりに、それぞれ天化とに向かって襲い掛かる。




「あ、敵…忘れてたわ」




黄滾の方を向いたまま、が呟いた。
その、次の瞬間。


「ごめんねっ!!」

「「!!」」


天化は軽く塀を蹴り、敵の後ろに回って莫邪を一閃させる。
は残り三枚の斬風月を一度に投げ、敵を四つに切り裂く。




――ドスッ、という低い音がしたかと思うと、空にはすぐに二つの光の架け橋が生まれた。









…城壁から軽々と飛び降りた天化は、下にいる一族との再会を果たした。
父や兄、自分よりも大きくなっていた弟、そして、初めて会う、天化が仙人界に行ってから生まれたという、末の弟。


「天化よ……よく帰った……だが……」


武成王は息子の頭をくしゃっと撫でながら、辛そうに呟く。
既にその訳を知る天化は、父に言われる前に自ら言葉を続ける。


「おふくろと叔母さんのことか?」
「ああ……」
「できた人たちだった……俺っち絶対妲己を許さないかんね!」


そんな黄一族の元に、上空からゆっくりと降りてきた、二人の人物。
煽鉾華に黄滾を乗せたが、ふんわりと地上に着地した。


「はい、到着ー。あ、足元、気をつけて下さいね」
「有難う、お嬢さん…」

「…親父っ!!」
ー! ありがとさ!」


父親の姿を認め、二人の元に駆けていく武成王。
気付いた天化もに手を振りつつ、武成王の後を追いかける。


「親父、大丈夫か!?」
「ああ…このお嬢さんのお陰でな」


まず黄滾の無事を確認すると、武成王はひとまず安堵の溜息を吐く。
ややあって、武成王は黄滾の視線を追い、を見下ろした。


真剣な眼差しでじっとを見つめると、武成王はすぐに破顔した。


「…嬢ちゃんも仙人か? 親父が世話んなったな!!」




…ばしっ!!




「っ〜〜〜!!」
「…お、おやじ……」


…武成王にとっては、普通の挨拶なのだろうが。

物凄い勢い良く肩を叩かれ、は声にならない悲鳴をあげ、がくっと前につんのめる。
しかし、すぐに気を取り直し、満面の笑みで黄一族に向き直る。


「…初めまして、です!」
「俺っちの姉弟子のさ! 間に合ったのはのお陰さね」


…たった今、敵の一人をいとも簡単に封神し、黄滾を連れて箒のようなもので空を飛んできて。
その上、あの負けず嫌いな天化が、『姉』弟子だと認める少女。

一見すると普通の娘にしか見えないを、黄一族は驚きの表情を浮かべて眺める。


「そーだったんか!! 天化が世話んなってるな、どの!」
「…あ、私、一応姉弟子ですけど、年は天化と一緒なんです。仙道でもまだ見た目通りの小娘なんで、『どの』なんて付けないで下さい…」
「お? そうなのか??」


慣れない敬称をつけられ、苦笑する
そのまま、次々と黄一族に自己紹介を兼ねて話しかけに行く。




「よろしくね、姉ちゃん!! 俺、姉ちゃんは居ないから嬉しいよ!!」

「かーわい〜! 宜しくね、天祥!!」




は天化の末の弟・天祥とすっかり仲良くなり、わしゃわしゃと頭を撫で、戯れている。
そんなを離れて見やりながら、武成王が隣の天化をばしばし叩きながら口を開く。


「天化、おめぇあんな別嬪さんと一緒に修行してたんか!! 隅に置けねぇな!!」

「…べ、べっぴん!?」 


姉弟子に対しては聞きなれない表現に、天化は思わずむせ返る。
…しかし、言われてみて改めて、遠目のを眺めてみて。




「……ま、まぁ、黙って大人しくしてりゃ…そーさね…。おやじはがどんだけ跳ねっ返りだか知んねぇから……」


今までがしてきた無茶の数々を思い出し、遠い目をしながら言う天化。
武成王はそんな天化の反応に、ますます豪快に笑う。


――しかし、その表情は、の額に視線を移したとき、一気に真面目なものに変わった。


「……ん? …あの額の模様、どっかで…

「…どーかしたさ?」
「あ、いや…」


珍しく歯切れの悪い返事を返す父親に、天化は首を傾げる。
――そんな時。




…ころんっ。


「「?」」


腕を組んで考え込んでいた武成王の足元に飛んできた、拳大の石。
石の軌道をたどって後方に目を向ければ、そこに居たのは、黒髪を靡かせそっぽを向く、一人の青年。


「…太公望どの!!」
「えっ!? 望ちゃん!?」

「おお、武成王ではないか! 偶然よのう!!」


いかにも「今気づきました」と言わんばかりの態度を見せる太公望。
…四不象の「御主人……」という哀れみのこもった突っ込みには、敢えて無視を決め込んでいた。




<第21話・終>


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