「そこさっ!!」
「甘いわねっ……え!?」
「へへっ、なんちって……うわ!?」
「油断禁物! 裏をかかなきゃ……っ!?」
「じゃあ俺っちは裏の裏さ!! ……おわっ!!?」








第20話
 ―同い年の姉弟








「…何だか騒がしいと思ったら…やっぱりここか」


手合わせ中のと天化の居る浮岩に、一番近い浮岩。
二人の師匠・清虚道徳真君は、弟子たちの真剣勝負を静かに見守っていた。
その横には、青桐の木にとまるの霊獣・宛雛。


「まぁ、天化の性格を考えれば、有りそうな事だな」
「ああ…それにしても、二人とも強くなったな…。しかも、ここまで毎日のように手合わせしてきても、お互い相手の裏を掻いている…」





「…やるわね、天化。また力強くなったんじゃない?」
こそ、相変わらず凄ぇ体の柔らかさと瞬発力さね」


朝一番にも関わらず、激しい攻防戦を繰り広げる二人。
その顔に笑みを浮かべ、一旦間合いをとりつつも、場に張り詰める緊張感は変わっていない。


お互い、一番の修行相手なので、相手の動きは知り尽くしている。

瞬発力とスピード、体の柔らかさを最大限に生かしたアクロバティックな戦闘スタイルで相手を翻弄する
キレのある動き、素晴らしい戦闘センスに加え、鍛え上げられた筋肉で力強い戦い方をする天化。

…相補的なタイプなので、組んで戦えば大抵の敵はあっという間に倒せるだろう。


「…コーチも宛雛っちも来たし、もうそろそろ決着つけるさ!!」


暫しの沈黙の後、天化が言葉と共に地を蹴った。
は、一直線に自分に向かってくる弟弟子と、一瞬だけ目が合った。


「(…最後は真っ向勝負か…天化らしいわね…。受けて立つよ!)」


ぎりぎりで横っ飛びに避け、後ろを取ろうとしていただが、天化の瞳に宿る光を見て考えを変える。

すうっ、と軽く息を吸うと、煽鉾華をきつく握り締める。


「(…右斜め上っ!!)」





――甲高い金属音が、崑崙中に響いた。


予想通りの軌道で振り下ろされた莫邪の宝剣を、煽鉾華で受け止めた
しかし相手はやはり男。ぐいぐい押されて、の体勢は崩れ始める。

そんな時、力押しでは敵わないはずのに、一瞬、妖艶な笑みが宿る。


「…!!」





…天化の視界から、が消えた。

しかし、次の瞬間。


――その場に響いたのは、ザクッ、という、何かを地面に突き立てる音。








「………天化、強くなったねー…。いつもなら、あの方法で勝ててただろーに」

「…のお陰さね」




張り詰めた空気が消えた浮岩では、が仰向けに倒れていた。
その少し上気した顔の真横には、地に突き刺さる莫邪の宝剣。


「はぁぁー…背中つかされたの初めてだよ……」
「…それどころか、俺っちが勝ち越したのも初めてさ」
「え? そーだっけ?」




「…おいお前ら、いつまでやってるんだ――! 終わったならさっさと引き上げるぞ――!!?」



「コーチ?」
「どしたのそんな焦ってー…。もーちょい休憩させてよー…」


…二人のいる浮岩に血相を変えて走ってきたのは、隣の浮岩で黙って見ていたはずの道徳。
その横では、宛雛が苦笑しながらも悠々と風を切っている。


いつも以上のスピードで走ってくる道徳に、と天化は揃って視線をやる。
そしていつものように、疑問符いっぱいの顔を見合わせる二人。

…しかし、どこかがいつもと違う。
揃って感じた、違和感。


「ん…?」と小首を傾げるの正面には、同じような表情を浮かべている天化。

――その後ろには、青い空。


「……あー、そっか! だから変なのか!」
「へ? 何がさ?」
「視界の角度?」
「…は??」


――感じた違和感の正体は、が言うところの『視界の角度』。


今まで、対天化戦で背中を着いたことの無い
しかし今日、両手を地面に押し付けられ、顔の横に莫邪を付き立てられ、初めてに土が着いた。


…つまり、手合わせ中に起こった事とはいえ、今の体勢は天化がを押し倒しているような状態。
その上、今日のはコートを羽織っていないので、短めのキャミソールにホットパンツという、珍しく露出度の高い格好。


…道徳が焦って怒鳴って慌ててと忙しい原因は、これだった。


うわっっ!! 悪ぃさ…っ!!!」
「へ?」


時間差で言葉の意味を悟った天化は、真下にいるを改めて見て、叫び声と共に飛び起きる。
は突然顔を真っ赤にして飛び退いた天化にきょとんとするが、両手を開放されると、ゆっくり起き上がって伸びをする。
近くの浮岩からダッシュで到着した道徳は、愛娘兼愛弟子の、相変わらずの行動にどぎまぎしている。

両手を空に向かって伸ばしたまま、は苦笑しつつ、顔だけ道徳に向ける。


「負けちゃったよ、コーチ」


…予測はしていたの反応。

それでも、道徳は大きく溜息をつくと、がっくり双肩を落とす。


「…ー…いい加減自覚してくれよ…」
「は??」
「コーチ、をこんな風に育てたのはコーチ達十二仙さ……」


未だ少々頬を赤く染めたままの天化が、嘆息しつつ呟いた。
は頭に疑問符を浮かべつつ、いつの間にか小さくなって肩にとまっている宛雛に視線をやる。


「宛ちゃんも来てたんだね。…負けちゃったよ」


へへっ、と笑って言うに、宛雛は首を傾げる。
いつものなら、潔く負けを認めたとしても、ここまで清々しい表情はしていないはずだ。


「主様、今日は普段と違うな…」
「んっ? あぁ、確かに悔しいけど……今回は何か、ちょっと嬉しいんだ。…まぁ、一度負け越したって、また次勝てばいいのよ!! そんな簡単には差ぁつけさせないから」


本人に自覚があるかは定かではないが、前半は、弟弟子の成長を喜ぶ言葉。
そして後半は、まさにいつものの言葉。

宛雛と道徳は、満足気な表情でを見つめていた。









「…じゃあ行ってくるね、コーチ、宛ちゃん!!」
「うむ。また何かあったら呼んでくれ」
〜〜〜…気をつけるんだぞ!? …天化!! を頼むぞ!?」
「はいはい、分かってるさ……」
「何か…頼む相手、逆じゃない…? 私が面倒見る方じゃないの? この場合…


――手合わせを終えて洞府に戻り、人間界への出発の時を迎えたと天化。
の手には、飛行型にされた雪月華が握られている。


「ふふっ、これ、昨日も軽く乗ったけど、ホントに改良前とは段違いのスピードなのよ。本気出したらどのくらい速いんだろー!! 楽しみーっ!!」


わくわくしながら雪月華に跨る
自分が乗って少し宙に浮かせると、天化を促し後ろに乗せる。


「しっかり掴まっててねー。あ、あと、私がイイって言うまで喋っちゃダメよ? 舌噛むかもしんないから」
「…急いでても、安全運転で頼むさ……!」


最初から、本気で飛ばす気満々の

――かつて自分が言ったように、この姉弟子は、周りから見たら無茶な事を、いつでも笑ってやってのけるのだ。

きらきら輝かんばかりのの背中を見て、一刻も早く人間界に着きたいと思っている天化でさえも、少し焦る。


天化が片手をの腰に回し、もう片方の手でしっかりと雪月華の柄を掴んだのを確認すると、は満面の笑みで道徳と宛雛に向き直る。
その両手のあたりでは、握り締めた雪月華の柄が、淡い光を放ち始める。


「いーね? 天化。それじゃあ……行って来ま―――す!!!
「…うおっ!!!?」




「天化、頑張れ…」
〜〜〜!!本当に気をつけろよ――!!?」


――宛雛と道徳が口を開いた時、二人の姿は既に遥か遠くに小さくなっていた。




<第20話・終>


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