「う…わぁ……これが…3代目煽鉾華、改良型……」
「ふっふっふ…凄いだろう!! スピードもパワーも、改良前とは段違いだよ!! それにその横笛のような三つの穴…そこにはこれを嵌めるんだ!!」
「……ああっ、なるほど!! さすが太乙っ!!」








第19話
 ―夢から目標に、目標からはじまりに








久々に師弟三人での昼食を終え、道徳と天化が午後の修行に出かけた頃、入れ違いに太乙がやってきた。

おそらく昼食も摂っていないのだろう。が先程会ったときより少しやつれた顔をしていたが、完成した自慢の宝貝のお陰か、その瞳はらんらんと輝いていた。
それを予想していたは、多めに作っておいた炒飯を太乙に出した。

あっという間にそれを平らげた太乙が自信満々にに渡したのは、3代目煽鉾華の改良型と、双輪雪のものより大きな、気を溜めておけるビー玉状の宝石が三つ。


「これ、双輪雪のを参考にしたの?」
「ああ。しかも、双輪雪と連動させて使えるはずだよ。溜めた気を移すとき、その方が失われる力が少なくて済むんだ!」
「へぇ〜!! じゃあ、前みたいに使うより、双輪雪の宝石を煽鉾華の宝石に直接当てて移した方が、使えるパワーが大きいのね!?」


太乙の説明に、も「凄い凄いっ!!」と目を輝かせ、太乙を尊敬の眼差しで見上げている。
自慢の作品を褒められ、太乙のテンションも同様上がってくる。


「ああ! それと、宝石はスペアも作ったんだ! これに前もって力を溜めておけば、実戦の時に取り替えるだけでいいだろう? ほら」
「うっわー、ありがとう!! じゃ、元気なときにコレに力溜めとけば、疲れてからも大丈夫ね!!」


太乙が更に渡してきた巾着袋の中には、様々な大きさのビー玉状の宝石。
沢山入っているそれにが感動していると、太乙の顔に得意げな表情が浮かんだ。


「…これだけじゃないんだっ!! …驚かせようと思って、さっきは黙っていたんだけど…」
「へ? まだ何かあるの?」


…もしが今、かつて雲中子が作っていた葡萄を食べていたら、生えてきた尻尾を千切れんばかりに振り、そのピンと立った犬耳で微かな音も聞き逃さないようにしていただろう。
はそれくらい五感を研ぎ澄ませ、巾着型宝貝から何かを取り出そうとする太乙を、わくわくしながら見守る。


太乙の持つ巾着袋から出てきたのは、“月”の形をした、四枚のブーメランのような宝貝。
淡く黄金色に輝くそれらの宝貝には、煽鉾華や双輪雪と同じく、それぞれに大きさの異なる三つの宝石が嵌め込まれている。


「…ほら!! 風をも斬る宝貝、『斬風月』だよ。双輪雪、斬風月、煽鉾華…これで、『雪月華』の完成だ!! もちろん、組み合わせて使えるようになってるよ」
「うっ…そぉ…できてたんだ……凄い、綺麗…」


太乙から一枚の斬風月を受け取った

風をも斬る、と言われ、そのカーブに触れるのを一瞬ためらったが、静かに指を滑らせてみると、感じるのはつるつるとした感触だけ。
しかし、試しに窓から外に向かって投げてみると、空を舞っていた木の葉を見事に二つに斬り、急カーブを描いての手元に戻ってくる。

少し力を籠めてみると、三日月形だった斬風月は、見事な満月形へと形を変えた。
「うわぁぁ…」と目を丸くするに、太乙は更にとっておきの使用法を伝授する。


「…満月型のままで、靴の裏に当てて少し力を籠めてごらん」


太乙からもう一枚斬風月を受け取り、言われた通りに両足の靴の裏に当てる。
少し力を籠めると、斬風月は簡単に靴の裏にぴったりとくっついた。

はそのまま言われたとおり、更に力を送ってみる。


ふわん、と斬風月の宝石から風が発生する。


…それと共に、の体は――宙に浮いた。

まるで、ナタクが風火輪を使ってやるように。


「……う、そぉ…すごい…」
「だろう? こうすれば空中を歩けるんだ!! 風火輪みたいに風を起こして飛ぶより、空中を歩けるものにした方が、のスピードを生かせると思ってね。
…煽鉾華で飛ぶよりは、力の消費が激しいけど。斬風月は四枚組だし、他にも色々と使い道や組み合わせ方があると思うから、後は自分で使って探してみてよ」


にっこり笑って言う太乙を、はしばし呆然と見つめる。
いつもと逆の立場に、太乙は「…??」と遠慮がちに声を掛ける。


声を掛けられ我に返ったは、太乙の首根っこに思いっきり飛びついた。


「…凄いよ!! ありがとう太乙っっ!! 大好き―――!!!」
うわっっ!! ……っ、…嬉しいけど、首…締まる…」
「あ、ごめんごめん!」


顔が青くなってきた太乙を見て、は慌てて手を離す。
しかし未だ興奮は冷め遣らぬようで、太乙の両手を掴んでぶんぶん振る。


「でもホントに凄いっ!! 斬風月も3代目煽鉾華も!! ありがとう太乙!! 夢の雪月華も完成したし、言うコト無しだよ!!」
「…喜んでもらえて良かった」


満面の笑みを浮かべ、今度は軽めにきゅっと抱きつく
そんなを見て、漸く血色が戻って来た太乙の顔にも笑みが零れた。










――時間は少し進んで、出発の日の明け方。
は2日前に手に入れた3代目煽鉾華と斬風月、それに双輪雪を持って、洞府の外に出ていた。


「双輪雪、斬風月、煽鉾華…組み合わせて『雪月華』…。とりあえず、使えるようになったのは、飛行型と鉾型か…。煽鉾華のやつに機能が追加された感じね」


はがちゃがちゃと組み合わせ方を変え、実際に使ってみながら独りごちる。


煽鉾華の柄の先に双輪雪を嵌め、その双輪雪にぶら下げるように斬風月を吸着させた、飛行型雪月華。
これで、煽鉾華に乗って飛んでいる時にも、中距離までは斬風月による攻撃が可能になった。


鉾型にした煽鉾華の花びら部分を双輪雪で留め、鉾先の下に斬風月を吸着させた、鉾型雪月華。
こうすることで、近距離の剣術戦でも、斬風月を飛ばして後ろからも攻撃することができる。


今までに感じたジレンマは、これでだいぶ解消する事ができる。


「太乙には感謝してもしきれないなぁ…。本当にありがと、太乙」


金光洞の方向を向いて呟く
そのまま暫くの間、昇る朝日をぼーっと眺めていると、後ろに微かな気配を感じた。


「…おはよう、天化」
「やっぱ気付かれてたさね…」
「気配の消しかたが甘いよ。まぁ、今日の今日じゃ仕方ないけど」


振り返ったの正面には、ばつの悪そうな顔で笑う天化。


――今日二人は、天化の父・武成王の助っ人として、人間界に降りる。


「やっぱ、今日は早起きなんだね」
「…ちょっと、に頼みがあったかんね。もう起きてるだろうと思って来てみたさ」
「頼み?」


「(――だいたい予想はつくけどね…。天化のことだから)」


「何?」と目で先を促すと、天化は腰の辺りから自身の宝貝・莫邪の宝剣を出し、力を籠めて黄金色の刃を出現させる。
そして、そのまっすぐな瞳を、莫邪からに移した。




「…手合わせ、してほしいさ」

「…いいよ」




…その場に張り詰める、いつもとは質の違う緊張感。


鉾型にした雪月華を握るの手にも、汗が滲んできた。





「今までの対戦成績、覚えてる?」
「対戦回数は、648回。お互い324勝324敗…完全にドローさ」
「…相変わらず素晴らしい記憶力ね…」


いつも手合わせの時に使っている浮岩までやってきた二人。
張り詰める緊張感を感じながら、は自身の腰につけた鞄を外す。


「…今日は負けらんねぇさ」
「私だって、こんな日だからって負けてあげないよ?」


今度は羽織っているコートに手を掛ける
外した鞄と一緒に邪魔にならない所に置き、いつも以上に身軽になると、煽鉾華を片手に天化としっかり対峙する。

適度に間合いをとり、お互い宝貝を発動させ、いつでも試合を開始できる状態になる。


「…、昨日太乙さんに新しい宝貝貰ったんだろ? 使わねぇつもりさ?」
「やっぱ天化との手合わせは鉾じゃなきゃ。こんな時だから、逆にね」


そう言って、自身の手に持つ鉾型煽鉾華を眺める


…相手は、莫邪の宝剣に全ての力をかけて挑んでくる。
この場合、雪月華ではなく煽鉾華だけで戦う、というのも、なりの本気の表れ。

その上、が育ての親以外の誰かと手合わせする時、いつも着ている、空気抵抗のあるコートを脱いだのは初めてのこと。


それを十分理解している天化は、口の端を微かに吊り上げた。


「…本気、出してくれるんさね」
「勿論」


――お互い一歩も譲れない、真剣勝負。


「コーチ、呼んでこなくて良かったの?」
「多分そのうち来るさ。、準備は?」
「いつでも」


にっ、と笑って見せるに、天化の顔にも笑みが浮かぶ。




「じゃあ、遠慮なく行くさ!!!」

「どっからでも、かかっておいでっ!!」




スタン、という、地を蹴る音がふたつ。
まだ目覚めきっていない、静かな仙人界に響いた。




<第19話・終>


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