「げっ!!!」


鉾の先で綺麗に足払いを決められた南宮カツが、宙を舞う。
は鉾をくるっと回し、花びらを開き、自身の前に構えて南宮カツに飛びかかる。

これで最後の攻撃を防ぎきって、煽鉾華を鉾型に戻し、倒れた南宮カツの横に突き立てれば終わりだ…、と思った、その瞬間。




――の目に入ったのは、開いた煽鉾華の花びらにくっきりと入った、数本のヒビ。








第16話
 ―歓声の中で








「…え!? 嘘っ!!?」


それでも、予測はしていた、倒れていく南宮カツからの最後の攻撃は確実に近づいてくる。
相手の鉄の棒は、すでにヒビの目の前に迫っていた。


このまま受ければ、煽鉾華が折れるだけでは済まない。

…下手をすれば、顔面に鉄棒が直撃する。


「…っ」

「!?」





「御主人っ!! 勝負がつきそうっス!!」
「凄いです、さんっ!! あの大きい人相手に勝てそうですよ!!」
「いや、待て! 何か様子が…」


――大接戦の最後に、観客の興奮も最高潮に達していた。

しかし、試合の最後の瞬間は、の物凄い瞬発力により、何が起きたのか、目で追って理解できるものは居なかった。


…観客が理解できたのは、バキッ、という大きな音と、その後の、何かが落ちた乾いた音。








…そして、漸く試合場での動きが止まった時。

観客の目に入ったのは、倒れている南宮カツと、彼が両手で握り締め、前に振りかざしたままの状態になっている鉄棒。


――の方は、煽鉾華も持たずに、南宮カツに手を差し出していた。


「…引き分けです。南宮カツさん」


「「「!!!?」」」


試合場にいる誰もが――南宮カツも含めて――の勝利を確信していた。
そのからの引き分け宣言に、観客はどよめく。


「姉ちゃん、なんで…」


困惑の表情を浮かべる南宮カツに、は視線だけで答える。

そのの視線の先には、花びら部分が数枚折れ、無残な姿で落ちている煽鉾華。


「鉄棒を直に受けすぎて、ヒビが入っちゃってたんです。あそこで煽鉾華を犠牲にして宙返りで避けてなかったら、鉄棒、受けきれずに顔面直撃してました」


苦笑して言うに、南宮カツは声も出ない。


「南宮カツさんのパワーが凄かったからですよ。勉強になりました。有難うございました!」


試合場の真ん中で、頭を下げ、南宮カツに握手を求める
それを、自分も苦笑しながら受ける南宮カツ。


――試合場に、この素晴らしい試合を讃える、大きな歓声が響き渡った。








「…これで良かったんでしょ? 望ちゃん」
「うむ。仕事自体はな。予想以上であったよ。兵士の士気も相当上がったしのう。しかし…」


試合を終えて戻って来たに、太公望は複雑な顔。
その原因は、が手に持つ煽鉾華と、その花びら部分の破片。

自身の仕組んだ試合で起きてしまったことに申し訳なさそうな顔をする太公望を、は慌ててフォローする。


「望ちゃんのせいじゃないよ! それに、そろそろ3代目の煽鉾華の改良、終わる頃だから大丈夫!! だからさぁ…そんな顔しないで…」
「むぅ…す、済まぬ…しかし、では…どうするのだ? 四不象に乗って行っても良いが…」


どちらにせよ、この状況では、は一度仙人界に戻らなくてはならない。
飛行宝貝でもあった煽鉾華が壊れた今、に戻る術は無いはずだ。

そう思った上での太公望の申し出を、は明るく丁重に断る。


「んーん。宛ちゃん呼ぶから大丈夫! でも望ちゃん、暫く帰ってても…大丈夫?」
「おぬしに煽鉾華が無い状態の方が困るからのう…帰るなら、比較的平和な今の内に…今すぐにでも帰っておいたほうが良い。して、宛ちゃんとは、例の…?」
「うん。私の霊獣。望ちゃんは、まだ会ったことなかったんだっけ。じゃあ早速…」


帰還の許可も出たので、は左耳のピアスに力を籠め始める。
そんなを、「ほお……」と呟きながら見守る太公望。


「…確か、宛雛、であったな。土行孫の事件の頃に、おぬしと楊ゼンが何やら話しておったのう…」
「そうそう。あ、噂をすれば、だよ」
「何っ!?」


空を見上げるの視線を追えば、小さく見える青い点。
呼び出してからのあまりの速さに、唖然とする太公望。
その間にも、青い点は徐々にその大きさを増している。


「今日は偶然近くにいたみたい。この前もそうだったけど。以心伝心かな?」
「…それにしても、速いのう…あの速さなら、仙人界にもあっという間に着きそうだのう…」
「宛ちゃんの速さは霊獣一だからね!」


宛雛との暫くぶりの再会を前に、上機嫌の
程なくして、大きな真っ青の美しい鳥が、二人の前に降り立った。


「久しぶり、宛ちゃんっ!!」
「主様。久しいな」


宛雛の首筋に飛びついて喜ぶ
ひとしきり再会を喜んだ後、隣で目をぱちぱちさせている、太公望に紹介する。


「望ちゃん、私の霊獣、宛雛だよ」
「太公望か。主様や道徳から話は聞いている。主様が世話になっているな」
「い、いや…」


伝説の霊獣・宛雛との対面に、少々緊張する太公望。
しかし、気位の高い孤高の鳥、という噂とは違い、意外と普通に自分に話しかけてきた宛雛に、その緊張もすぐにほぐれた。


「しかし、どうやって運んでもらうのだ?白鶴にやるように、足に掴まるのか?」
「違う違う。それじゃあ仙人界に着く前に、手ぇ痺れちゃうよ…。これ使うの」


そう言ってが鞄から出したのは、人一人は余裕で包めそうなほど、大きな青い布。
四隅のうち、一組の対角が結ばれ、布は輪っか状になっている。


「おぬしのその鞄…小さい割に…何でもでてくるのう……」
「えへ、凄いでしょ! …でね、これをこーやって宛ちゃんに持っててもらって…」


実際に空中で留まっている宛雛に布の結び目を持たせ、自分は輪っか状になった布に腰掛ける。
宛雛が軽くホバリングすると、の足は宙に浮く。


「…なるほど…よく考えたのう!」
「これなら長時間でも大丈夫だからねー。じゃあ望ちゃん、早速だけど、一旦戻ってくるよ」
「うむ。気をつけてな」
「…なんかごめんね…。ついこの前、合流したばっかりなのに…」
「気にするでない!! わしにも責任はあるのだから…。では、皆によろしくな」
「うん!」


宛雛は別れの挨拶が終わったのを確認すると、一層大きく羽ばたく。
の足が太公望の頭辺りまで上がった所で、宛雛はその上昇を一度止める。


「では太公望。主様は我が確実に仙人界へ届ける。安心するがよい」
「うむ、頼んだぞ」
「行って来まーす!!」


最後に一声かけると、を連れた宛雛は、仙人界目指して飛び立った。




<第16話・終>


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あとがき