「主様…今回は、何故戻ることになったのだ? つい先日降りたばかりではないか」
「煽鉾華が壊れちゃってね…。自分で直しても良かったんだけど、今回は結構ハデに折れちゃったし。それに、そろそろ3代目の改良が終わる頃だと思ったから。
…ねぇ宛ちゃん、やっぱ仙人界戻るんなら、一応元始のじーちゃんにも報告した方がいいかなぁ?」
「そうだな…。では、まずは玉虚宮へ向かうぞ?」
「ん。お願い!」








第17話
 ―慌ただしい帰還








「ぬう……武成王が、ついに紂王から離れるぞ」
「えっ!?」


――崑崙山の玉虚宮。

その部屋の主・元始天尊は、横に白鶴童子を従え、千里眼を使って下界の様子を眺めていた。


「良かったですね! これで彼は太公望師叔の所に行けますよ!」
「そう上手くはゆかぬよ。武成王の一族は多い。一族をつれて朝歌から脱出するのは至難の業じゃ」


喜ぶ白鶴に対して、元始は難しい顔。


「武成王が造反したとなれば、親友の聞仲がまず激怒して追いかけるはず。妲己も趣味で追っ手を差し向けよう」
「――では、太公望師叔に武成王の加勢を頼みましょう!」
「うむ…じゃが、西岐からでは間に合わぬ」
「え? 師叔のもとにはも居るじゃないですか。でも間に合いませんか?」


首を傾げて問う白鶴に、元始は、先程見えたものを再確認するかのように、もう一度千里眼を発動させる。
自分の見たものが見間違いでないことを確認すると、力無く首を振りつつ嘆息する。


「……そのは、今…ここに向かってきておる」
「ええっ!? 何故です!?」
「宛雛に運ばれておるから…おそらく、煽鉾華の故障とかであろう」
「そんな…なんてタイミングの悪い…」
「…太公望が武成王の所に着くまで、もう一人助っ人を出そう。仙人界で武成王と最も縁の深い、あの男を…。修理が間に合えば、も共に戻ってもらおう」


がっくりする白鶴の横で、元始も再び嘆息した。
暫くして、ふう、と気を取り直して顔を上げた白鶴は、バサバサという大きな羽音に気付く。


「…あれ、元始天尊さま。噂をすれば…」
「うむ。さすがは宛雛。速いのう…」


「…あ、元始天尊さま、白鶴!! 丁度良かった!!」


程なくして、空中から軽快に玉虚宮に着地したのは、噂をされていた張本人。


、おぬし…」
「はい、宝貝の修理の為、一旦戻って参りました」


その肩に小さくなった宛雛を乗せ、は元始の前にきちんと跪く。
元始は「ふむ、やはりそうであったか…」と呟き、を立たせ、視線を合わせる。

そこで元始は、の小さな異変に気付いた。


「…、その頬の傷はどうした?」
「あ、人間界に降りて早々、敵に遭遇してしまって…」
「敵? 妲己の刺客か? どんな奴であった?」
「はい、猫の妖怪仙人でした」
「ほう…それで?」


思いがけず突っ込んで訊ねてくる元始に、は軽く目を見開く。


「え? …あぁ、えっと…それほど強い相手ではなかったんですが、封神する直前にちょっと油断してしまって、おそらく引っかかれて…。まだまだ私も修行不足です…」
「ふむぅ…そうか…」


微苦笑するを、元始は不思議な光を湛えた眼で見つめる。
暫しの沈黙の後、元始は再びその口を開いた。


「…まぁ、次からは気をつけるのじゃぞ。…、早いところ太乙のもとへ行って、煽鉾華を修理してくるがよい」
「あっ、はい、分かりましたっ!!」


は本来の目的を思い出し、宛雛に元に戻るよう指示を出すと、その足に持たせた布に素早く腰掛け、宙に浮かせる。


「では失礼しますっ!! 宛ちゃん、太乙のとこ分かる? 乾元山の金光洞! お願いっ!!」
「御意」








「そろそろ…時が来たかもしれぬな……」


慌ただしく出て行くを見送る元始の眼には、未だ不思議な光が湛えられていた――。








「主様…何をしているのだ??」
「鞄の中身の点検! せっかく戻って来たんだもん。仙人界で補給しといた方が良いものは、今のうちにしとかなきゃと思ってね」
「ああ、確かにな…」


太乙のもとに向かうは、宛雛に運ばれながら、鞄の中身を出したり入れたりしている。
これは大丈夫、これは洞府から取って来なきゃ…、と独りごちる

そうこうしているうちに最後の巾着袋を開けたは、小さく「…あっ!」と声をあげた。


「…宛ちゃんの竹の実と甘露の水、ストック切れそうだ…。洞府…にも、もう無かった気がする……」
「…それなら、主様を紫陽洞まで送った後、我が浮岩から集めてくる」
「ごめんね宛ちゃん…頼むわ」
「自分の飲食物だからな…。主様、もう到着するぞ?」


宛雛に言われ、久々に視線を上げれば、もう目の前に迫っている金光洞。
は「あ、ホントだ」と小さく呟くと、荷物を纏め、降りる準備を始めた。





「太乙〜、いる〜??」


金光洞の前に到着した
小さくなった宛雛を肩に乗せ、扉の前で洞府の主を呼ぶ。
程なくして、洞府の中から、すたすたと足音が聞こえてきた。


「…! 帰って来ていたのかい!? どうしたんだ!?」


開いた扉の中から出て来た太乙は、思わぬ訪問者に驚いている。
その驚きの表情は、の肩にとまる宛雛を見て、の顔を見て、硬直した。


「久しぶり、太乙! …あ、この子は私の霊獣、宛雛だよ。…驚いた?」


太乙の驚きを感じたは、問われる前に宛雛を紹介する。


「…久しぶり、じゃないよ!! !! …いや、勿論、伝説の霊獣・宛雛がの霊獣だったのには驚いたけど…そうじゃなくて…!!!」
「どしたの太乙? 落ち着いてよ……ねぇ」


挙動不審な太乙に、は苦笑しつつ声を掛ける。
頭を抱えて唸る太乙を下から覗き込んでみると、がしっ、と肩を掴まれた。

…宛雛は、既にこの行動を予測して、の肩から既に離れていた。


「太乙…??」
っ!! この頬の傷!! どうしたんだ!?」
「…え?あ、ああ…ちょっと前に、敵と遭遇した時に…」


真剣な顔で迫る太乙に焦る
しかし、その真剣な表情は、の目の前で見る見るうちにボロボロに崩れていく。


「…の顔にっ…こ、こんなにくっきり傷がぁっ…!! うちの可愛い娘は、まだ嫁入り前なのに…!! ほ、他は? 大丈夫なのかい!?」
「大丈夫よ、これだけだから。…まぁったく、相変わらず過保護ね…」


おろおろしながらの腕をとり、怪我がないかしっかり確認する太乙。
しかし今回、人間界での武吉の母との会話で、親という存在の有り難さを再確認していたは、苦笑しつつも少し嬉しそうな顔。

――呆れるほど過保護であっても、本気で心配してくれる相手がいる、という事は嬉しいことなのだ。


「そんなことより太乙、今回早々に戻って来たのはさぁ、コレなのよ…」


やんわりと両手を離してもらうと、は鞄の中から2代目煽鉾華を取り出し、太乙に見せる。
「そんなこと!?」と一瞬反論しかけた太乙だが、無残な姿になってしまった煽鉾華を見て、過保護な親の顔から宝貝オタクの顔に切り替わる。


「…これは酷いね…。、一体何をしたんだい!?」
「………直んない??」


何をしてこうなったか話したらまたお説教を食らう上に、この調子だと、下手したら太公望が十二仙の集団リンチに遭うと思ったは、太乙の疑問には答えなかった。
太乙も、宝貝オタクとして「直んない?」と訊かれたら黙っているわけにもいかず、のペースに流される。


「勿論直るけど…これなら、今作ってる3代目改良型の完成の方が早いよ。そっちはもう完成間近なんだ」
「あ、やっぱそう? …どのくらい掛かる??」
「今日の昼過ぎには洞府に届けてあげるよ」


自信満々に答える太乙に、も漸く一安心する。


「よかったぁ…望ちゃん置いて戻って来ちゃったから、なるべく早く帰りたかったんだ。…じゃあ太乙、3代目の方、お願いしてもいい?」
「ああ、任せておいてよ!!」
「ありがとー!」

は軽く太乙に抱きつくと、肩に戻ってきていた宛雛に指示を出す。
大きくなった宛雛と、宛雛の持つ布に腰掛けるを見て、太乙は再び驚きの表情を浮かべる。


「噂以上だ…すごい!!」
「えへへ…。でも太乙、実験は駄目だからね」
「し、しないさ! そんな事!! 雲中子じゃあるまいし!!」
「冗談冗談。んじゃ、悪いけど宜しくねー!!」


洞府の入り口で手を振る太乙に手を振り返しながら、は宛雛に連れられ、金光洞を後にした。




<第17話・終>


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