「あら驚いた! ちゃん!? 風の噂で戻ってきてるとは聞いてたけど!!」
「ああっ、じゃない!? 何年振りかしら!」

ちゃんじゃねぇか!? また西岐に回ってきてくれたのか! あんたの薬は二日酔いに良く効くから重宝してたんだ!!」
「うおっ、…!? 一層美人になったな!!」
「おお、なんと…か…? ワシが生きておるうちに来てくれるとは…これだけで寿命が延びたわい」

から買った吹き出物用の薬、まだ使ってるのよ! あれほど良く効く薬、なかなか無いんだから!!」
姉ちゃ〜ん! また遊んでね〜!!」




「久しぶり、みんな!! また暫く西岐にお世話になるから、よろしくね!!」








第14話
 ―西岐にて…。








「しっかし…おぬしが、こんなに有名だったとはのう…『あれほど効く薬はない』とは…もしや、仙人界の薬を?」
「使ってないって! 材料はみんな人間界にもあるものだよ。だいたい、皆は私が道士だって知らないし」
さん、西岐に来たことあったんですねっ!」
「うん。何年か前にねー。3ヶ月くらい住んでたよ。
でも…こんなに沢山の人とすれ違って声掛けられても、自分から探してる人には…なかなか会えないのよね〜…」
「誰か探してるんスか??」
「んー。前住んでた時に、一番仲良かった人。まぁ、今度時間が出来た時にゆっくり探すからいいんだけどね」


――西岐の首都・豊邑を案内されていた一行。

道行く人々が皆、に声を掛けていく。
の方も相手の名前と顔をしっかり把握しており、下手をすると、ずっと西岐に住んでいる武吉よりも知り合いが多いかもしれない。


「それにしても…王都・朝歌に比べて、やっぱり西岐は豊かっスねえ!!」
「モモもうまいでしょ! 四不象!!」
「やっぱ良い所よね! 西岐は」


モモを片手に持つ四不象と、道行く知り合いに色々な物を貰って両手が塞がっている
二人ともすこぶる上機嫌だ。

そんな二人を見やりながら、太公望は真面目に解説する。


「うむ!姫昌の長男・伯邑考は死んだが、その穴を第四子・周公旦が埋めて、政治が上手くいっておるのだ。――だが少々平和ボケのきらいがある!」
「平和ボケ、ですか?」
「朝歌の民は貧しくともハングリー精神があった。今西岐と朝歌が戦を行ったら、間違いなく西岐は負けるであろう」
「そっ…そんな!」


武吉は信じられない、という顔をするが、太公望とは冷静そのもの。
の視線の先には、年始のバーゲンセールに群がる西岐のおばさん達。


「それが現実よ!」
「まぁ確かに、この状態じゃあね……平和ボケ、か」


苦笑いして嘆息する
太公望は更に言葉を続ける。


「それに朝歌には武成王がおる!あやつは戦の訓練の達人だし、兵の信頼も厚い。武成王にひけをとらぬ伯邑考が死んだのは、いかにも惜しかったのだ…」

「……」


武成王、と聞いて、の表情が少し曇る。
弟弟子の父である武成王。できれば敵対したくない人物だ。


「それはそうと……」


太公望が更に言葉を続けたので、は思考を中断し、太公望の方を向く。


「おぬし、なぜわしらにくっついてくるのだ!?」


太公望の視線の先には、当たり前のようにここにいる武吉。
少々冷たいその言葉にも、全く動じずいつものように明るく返す。


「何を言いますかお師匠様!! この命ある限り、ぼくは何処までもくっついて行きますよ!!」
「木樵の仕事はどうしたっ!」
「だって、お師匠様とさんは西岐の城に仕えることになったんでしょ?ぼくはお師匠様の秘書として働くよう、姫昌様に言いつかってます。給料もいいんですよ!」


イェイ、とピースをして満面の笑みで答える武吉に、太公望は「う――……」と唸ることしか出来ない。


『太公望どの、どの! ぜひわが城の客となって、私に色々教えて欲しい!衣食住の保証を致します』

…そう姫昌に言われた太公望は衣食住の保証につられ、結局西岐の城に仕えることになっていたのだ。
太公望がそう言うなら、ということで、昔の家にまた住もうと思っていたも、同じく城に住むこととなった。


「まぁ、引き受けちゃったからにはちゃんと仕事しなきゃね、望ちゃんっ!!」
「うおっ!!」
「…ってことで、今日のお仕事は?」


に背中をバシッ、と叩かれ、少し前につんのめった太公望だが、その言葉に今日やらなければならない仕事を思い出す。
予定していたことを思い出した太公望は、何故かを見てにやっと笑った。


「…そうだ、今日はおぬしに働いてもらおうかのう!! おぬしとて、わしと同じように衣食住の保証をされておるのだからのう!」


ヘラヘラしながら言う太公望。
そんな主人の言葉と態度に、四不象は太公望をボカボカ叩きながら怒る。


このアホ道士っ!! さんに押し付けてサボる気っスか!?」
痛てっ!! 違うわい! 今日の仕事はな、! わしよりおぬし向きの仕事なのだ!!」

「…は??」


――にやっ、と笑う太公望の目は、策士の目。

何か理由がありそうだ、と思ったは、大人しく引き受けることにした。








「…で、ここは、もしや……」
「そうだ! 兵士の訓練場だのう!!」
「確かに…望ちゃんよりは私向きかも知んないけど…何すればいいのよ? さすがに教えるってのはちょっと…」
「まあ、心配するな。おぬしは普通にしていればよい」


――が太公望に連れられて来たのは、彼の言葉の通り、沢山の兵士がいる訓練場。
彼らは各々槍や鉾などを手に、既に訓練を開始しているのだが…。


「酷いであろう?」
「……」


はその様子を見て、言葉を失っていた。
兵士達は漠然としたやる気は持っているようなのだが、士気や集中力がどうも足りない。
その上、平和ボケのせいなのか、腕のほうも目を覆いたくなるような状況。

これで朝歌軍とやりあおうと思ったら、命が幾つあっても足りないだろう。


「おぬしは道徳や玉鼎をはじめ、十二仙にビシバシ鍛えられたからのう…煽鉾華など使わずとも、この中では一番強いだろうのう!! のう!!」


かっかっか、と笑う太公望の意図が、にはいまいち分からない。
しかし、兵士の腕の酷さに唖然としていたせいで、は太公望の後ろに現れた人物にも気付かず、彼の思惑通りの言葉を吐いてしまった。


「うーん…そー…かもしんない。これじゃあ、ちょっと…ね…」




「…なんだ姉ちゃん!! そらぁ聞き捨てならねぇなあ!!」

「!!?」




びくっ、と身体を震わせたの背後には、筋肉隆々の大男。
訓練もどきをしていた兵士たちとは違い、明らかに実力がありそうだ。


「ぼ、ぼーちゃん、まさか…」


太公望の意図は未だ分からないが、彼が自分にやらせようとしている事には予想がついた
小さく呟いてみるが、太公望はニョホホホ…と笑っていつの間にか二人から離れ、高みの見物に回っている。

…目が合った時、ニイッ、と笑った太公望を見て、の予想は確信に変わった。


「(もー…理由は良く分かんないけど…シナリオ通りに動いてあげるよ、望ちゃん。こーいうのってあんまし得意じゃないんだけどなぁ…)」


は、ふぅ、と大きく嘆息すると、自分の前に立ちはだかる大男を見上げる。


「…えーっと、あなたは?」
「俺は南宮カツ!! 西岐の大将軍、武官のナンバーワンだ!!」
大将軍、か。確かに他とは桁違いね…。
初めまして、です。…それで、聞き捨てならない、ってことは、強いんですよねー??」


ふんわり笑いながらも、挑戦的なセリフを吐く
ちらっ、と太公望を見ると、相変わらずニョホホホ…とやっているが、微かに口の端が上がっている。


「姉ちゃんが普通の娘じゃねえってのは、立ち居振る舞いを見りゃ分かる。けどな、俺をそこらの兵士と一緒にされちゃたまんねぇな!!」
「…じゃあ南宮カツさん! ちょっと手合わせして頂けませんか??」
「な、何っ!!?」
「私は道士ですけど、宝貝は使いませんから。稽古つけてください!」


にこっ、と笑って頼むに、南宮カツは思わずたじろぐ。
がもう一度視線を後ろにやると、太公望は満足気に、ニヤッと笑って頷いていた。




<第14話・終>


prev / next

あとがき