「見事です、太公望…。武吉とやらを救い、しかも、それを利用して姫昌に興味を持たせました。それに…崑崙の姫…も、漸く合流したようですね。面白くなってきました」

「申公豹が前に言ってた『青い風』って、あの子のことだったんだね…」

「黒点虎、それはではなくて宛雛です。…まぁ、も、『風』と言ってもおかしくは無いですが」

「…ふうん」


西岐城の上空に浮かんでいるのは、一匹の霊獣・黒点虎と、その上に跨る一人の道士・申公豹。
黒点虎は申公豹を見上げながら、前から持っていた疑問をぶつける。


「ねぇ申公豹…なんでそんなにちゃんに執着するの? 妲己ちゃんもすごい興味持ってたし。僕には、ちょっと強い道士にしか見えないけど…」

「そのうち分かりますよ…。それより、今回のことで、紂王VS姫昌、妲己VS太公望の構図が完成しました。がついていても、実力は紂王&妲己ペアの方が上ですが」


さり気なく話題を変え、楽しそうに話す申公豹に、黒点虎は更に問いかける。


「え? でも、太公望のバックには、ちゃん以外にも崑崙の仙人たちがついてるんだよ?」

「紂王には聞仲がいます。そして、聞仲のバックには、崑崙山脈に匹敵する、巨大な組織がついています。妖怪仙人の住まう、もう一つの仙人界が……!!」








第13話
 ―歴史は今、動き始める――。








「ほんっっっ―――当にありがとうございました、お師匠様、さん!! これで、ぼくもお母さんも助かりました!!」
「静かにせぬか! 魚が逃げるであろうが!!」
「すっ…すみません!!」


――豊邑の外れにある、大きな滝の前の、大岩の上。

岩に腰掛けるの横では太公望が釣り糸を垂らし、反対側の横では武吉が岩につくほど頭を下げている。
そんな武吉を見やりながら、は大きく伸びをする。


「んー、それにしても、無事解決して良かったね!! …でも武吉、私は何もしてないよ??」
「いえ! お母さんがお世話になった上に、色々な病気や怪我に効く薬を置いて行って下さったじゃないですか!!」
「あれは場所を提供してもらったお礼よ。お陰で私もだいぶ助かったし。在庫切れてた薬、全部調合できたから。こちらこそありがと」


にっこり笑って言うに、武吉も笑顔になる。
武吉はもう一度「ありがとうございましたっ!」と頭を下げると、ばっ、と勢いよく踵を返す。


「じゃあ、ぼくはお母さんの所に帰ります! また来ますね!!」
「お母さんによろしく〜」


走り去る武吉に笑って手を振るだが、その姿は彼の起こした土煙で見えなかった。
大地を揺るがす、ブロロロン…という音が、徐々に遠くなっていく。


「相変わらず速いわねー…」
「いい子っスねぇ、ボクは好きっスよ!」
「そうね〜、私も!」


「「ね〜vV」」と笑顔で顔を見合わせると四不象に対して、太公望は複雑な表情。


「だがのぅ…わしを師匠と呼ぶのは勘弁してほしいのぅ…」
「御主人は武吉くんが苦手っスか?」
「苦手とかそう言う問題ではない」


四不象と向き合う太公望の、何ともいえない表情を見て、がくすっと笑った。
太公望の頬を指でつつきながら、からかう


「やっぱ照れてるんだ〜!! 望ちゃん、かーわい〜!!」
「やっ、やめぬか!!」


暫く太公望をからかっていただが、背後に人の気配を感じ、ぴたっとその動きを止めた。
急に静かになったに太公望と四不象は怪訝な顔をしたが、後ろから聞こえた、ザッ、という足音で、その理由を理解した。


「釣りをなさっておいでか……」


穏やかな声の聞こえる方向へ、顔を向けた太公望と




「釣れますか?」

「……大物がかかったようだのう」




――太公望の視線の先には、ニコッ、と微笑を浮かべる老人。
この西岐を治める人物、西伯公・姫昌――。





「暇つぶしに世間話でもしませんか?」


とは反対側の太公望の隣に、どっこいしょ、と腰を下ろす姫昌。
周りには、他に人の居る気配は無い。


「やれやれ…紂王の次に偉い四大諸侯の一人が、供も連れずに来たのか?」
「西岐は安全ですから」
「本当に、そうですよね…朝歌なんかよりよっぽど整備されてて、栄えてて、民にも活気があるし」


笑顔を浮かべながら自分をしっかり見つめていると眼が合った姫昌は、一瞬声を失った。
姫昌の意外な反応に、はおろか、太公望と四不象も不思議そうな顔をする。


「あ、いや、失礼した……貴女は確か、暫く前にここにいらしたという、薬の行商人の方ですな?」


姫昌の口から出てきたのは、更に意外な言葉。
今度はが、一瞬言葉を失った。


「……え、ええ、そうですけど…私、お会いしたことありませんよね?」
「貴女の薬は凄く評判が良かったですから、話は聞いていたんです。私も使わせて貰っていますよ。…それに……」
「…それに?」
「……私は少々、占いを嗜むのですが…貴女に出ている相は、今まで見たことのないものでしたから…驚いて、つい言葉を失ってしまって…失礼した」

「…あ、いえ……」


…西岐で薬売りをしていた頃、姫昌は幽閉されていたはずだ。
なぜ、自分の作った薬を使っているのか…。
その上告げられた、意味ありげな言葉。

は少し混乱していた。


そんなの混乱を感じた姫昌は、慌てて言葉を付け加える。


「悪い相では無いんです。ただ…貴女は、歴史を変えるような…数奇な運命をお持ちです。しかし、いい眼をしているし、運命の流れに負けない力も持ち合わせておられる。
…すいません、不安にさせたようで。老人の戯言だと思っておいてください。所詮、占いですから。それに……貴女なら、何があっても大丈夫ですよ」

「そう…ですか」


穏やかに微笑む姫昌の表情から、悪いことではないようだ、と感じたの顔にも笑みが戻る。
姫昌はがしっかり笑えたのを見届けてから、その視線を正面に戻し、静かに本題に入った。


「………お聞きしたい。私はこれから何をすべきかを」


今までのやり取りを静かに聴いていた太公望が、漸くその口を開く。


「妲己によって、殷王朝はもはや民の信頼を完全に失っておる。もはや、これ以上続くことは、百害あって一利なし。…挙兵して、殷を討て! そして、新しい国を創れ!! そしておぬしが次の王となるのだ!!」


立ち上がった太公望の服が、吹いてきた風によってはためく。


――歴史が動き始める前に吹く、一陣の風。

その風を頬に感じながら、は姫昌をしっかり見つめる。


「重いな…歴史の重圧で潰されてしまいそうだ。

――だが、これも私の天命なのかもしれない」


太公望とから視線を逸らす姫昌。
しかし、その瞳には、確かな決意の色が籠められていた。








――歴史は今、ゆっくりと動き始めた。




<第13話・終>


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