「……着いたぁ…豊邑の入り口…」


うわぁ…と感嘆の声をあげるの目の前に広がるのは、荒廃した朝歌よりよっぽど都と呼ぶのにふさわしい、活気のある整備された街。

西岐の中心都市・豊邑。


「もう何年前だろう…視察に来たのって。……みんな、元気にしてるかなー?」


――ここまでの疲れは露ほども見せず、の足取りは至って軽い。








第10話
 ―約束を果たすとき








――西岐の邑(くに)の首都・豊邑。


がやがやと賑やかに人々が行き交うこの街で、露天商なのか、地面に座りこんで動かない青年がひとり。

その青年の横に伏せている動物が、手に持つ財布の口を開き、中を覗き込みながら青年に話しかける。


「御主人……もうお金がないのに、お客がさっぱり来ないっスねぇ…」
「うむ…西岐では、占いは不人気らしいのぅ…」


眉をひそめて言う青年の後ろには、『占い 太公望の部屋』という文字が。


「また金をためて、井村屋のアンマンをたらふく食いたいものよのう」
「道士のくせに、えらく食欲が旺盛っスね…なさけないっスよ」


ニョホホホ…と笑う青年に、カバのような動物は呆れ顔。
あまりの情けなさに涙ぐみながら、諦めたようにぱちんと財布の口を閉める。


「…それはそうと御主人、姫昌さんに会わなくていいっスか? 御主人の使命は、妲己を倒し、姫昌さんを次の王にする事っスよ」
「まだだ! 物事にはタイミングというものも必要なのだ!!」


自信満々に言う青年。
そんな青年を、少し離れた所から見つめる人影が二つ。


「……太公望…朝歌や臨潼関で噂の…あの人がそうなのか!?」

「……いた…!!」





「それにしても暇だわい…腹も減ったし客も来ない。今日は店じまいとするかのう…」
「そうっスねぇ…」


「あら、もうお終いですかー? ちょっと見てもらいたいんですけど、手相」

「「!?」」


店じまい、と片付けを始めていた二人が、頭上からの声に顔を上げた。
目の前に現れた本日初めての客は、左手を青年に差し出し、満面の笑みで二人を見つめる。


「やっほー、久しぶりっ! 望ちゃん、スープー!!」
「「…(さん)!?」」


名前を呼ばれたは、笑顔を引っ込め凛とした表情に切り替えると、恭しく地に片膝をつき、正式に口上を述べる。


「太公望師叔!! 崑崙山脈、青峰山は紫陽洞、清虚道徳真君が一番弟子、……元始天尊さまの命により、封神計画遂行に助力させて頂くため、参りました!!」

「おぉ…」


太公望は自分の前に跪くをまじまじと見つめる。

数年前に会った時より背も伸び、昔から整っていたその顔は、今や竜吉公主にも勝るとも劣らない程の美しさに。
感じられる仙気も桁違いで、今までの修行の成果が見て取れる。


「うむ、心強いのう!! …それにしても…よく十二仙が送り出したものだな…」
「ん〜…今回も大変だったよ………」


はすぐに元の調子に戻ると、「ホントに、みんなってば過保護なんだから…」と苦笑い。
その切り替えの早さに、太公望も苦笑する。


「まったく、世渡り上手な奴め…」
「あら、三歳児にその世渡りの方法を仕込んだのは誰と誰だったかなぁ??」


四不象を撫でながら軽く切り返すに、太公望は「おぬしには敵わぬわ…」と笑った。

そんな太公望が、仙人界で会った時とのの異変に気付いた。


!! おぬし、その頬の傷…!!」
「あー、コレ? …ここに来るとき、敵に遭遇しちゃって。そんなに強くなかったけど、最後に油断しちゃってさ…」
「…お、おぬし、仙人界に帰ったら大変な大騒ぎになるぞ…? いや、むしろ…危ないのはわしかもしれぬ……!


全く気にする様子の無いに対して、太公望の顔色は一気に青くなった。

――万が一自分のせいだと思われたら、十二仙は確実に総出で自分をリンチしに来るだろう…、と。





「時に…おぬし、金か食べ物は持っておらぬか?」
「…御主人っ!! さんから強請るつもりっスか!? それでもさんの育ての親っスか!!?」


結局占いの部屋は店じまいとし、街の外れまで歩いてきた三人。
空腹の太公望の言葉に、四不象は激しく抗議するが、太公望は涼しい顔。


「育ての親と言っても、わしは十何人もいる中の一人に過ぎーぬ! それにずっと封神計画に出ておったから、殆ど何もしておらーぬ!! だから良いのだ!!」
「何へ理屈言ってるっスか! このアホ道士!!」
「スープー…いいよ、そんなに怒ってくれなくても」


ぼかぼかと太公望を殴る四不象を笑って止める
四不象はまだ納得していない顔だが、太公望は「それみろ」と言わんばかりの表情。
の反応に、太公望は期待をこめた眼で彼女を見つめる。


「望ちゃん、そんな目で見られても…私、豊邑に入る前に丁度ご飯食べたから、今お金ないのよね…こっち着いてから稼ぐつもりだったから、全部使っちゃった」
「稼ぐつもり? 当てがあるのか!? 得意の薬でか??」


お金はない、という事実にがっくりした太公望だが、稼ぐという言葉にまだ期待を持っている。
コロコロ変わる表情をみて苦笑しながら、は太公望に残念な結果を伝える。


「あるけど…まだ調合してないから、すぐには無理よ。どこか落ち着いてできるとこが無きゃ」


途端にガクッと肩を落とす太公望。

しかし、が「あ、でも…」と言葉を続け、ごそごそと鞄の中身を探り出したのを見て、その眼に再び光が戻る。


「確かこの中に、雲ちゃんに貰っ…」

「いや、それならよい」

「…まだ最後まで言ってないじゃない………」


呆れるを後目に、太公望はその視線をから道端に向ける。

ぎらっ、とその細められた目が光ったのを見て、と四不象は嫌な予感を覚えた。


「金がないとなれば仕方がない…この道端に自生している大根を食う!!!」
「ちょっと望ちゃん!!」
「ああっ、そこは畑っス!!!」


本当に畑の大根を抜き始めた太公望を、二人掛かりで止めると四不象。
立派な大根を一本、しっかりと握り締めている太公望を、四不象は声を大にして諫める。


「西岐は法律がきちんと守られている邑っスから、泥棒をすると捕まるっスよ!!」
「ぬぅ……おぬしは草食だから気楽よのう…」
さんも何とか言ってやって欲しいっス!! ……さん?? どうかしたっスか?」


必死の形相で振り向いた四不象だが、はというと、呼びかけに気付いていないのか、じっと後方に気を配っている。
不思議に思った四不象が視線を太公望に戻せば、彼もまた、後ろの木にちらっと視線をやると、ズカズカとその木に向かって歩き出す。

はそんな太公望を見て、自分は気を張るのをやめ、四不象を撫でながら太公望の様子を見守る。


さん? …御主人?」


太公望は木の下まで来ると、その左手に握り締めている大根を、木の陰に隠れていた人物に突きつける。


「何だおぬし!! さっきからわしらの周りをうろつきおって!!」
「…エヘヘ…」


木の陰から頬をぽりぽりと掻き、少し照れながら出てきたのは、一人の少年。


「ぼくの名は武吉! この西岐で木樵をしてますっ!!」


ぴしっ、と気をつけをして礼儀正しく言う少年・武吉。慣れないキャラに、声を掛けた方の太公望がたじたじとなる。
うっ…と言葉に詰まる太公望だが、やっとのことで「……何か用か?」と声を絞り出す。
すると武吉は、ぱんっ、と地に手を着け、地面に座る。


「どうかこのぼくを弟子にして下さいっ!!」
「…えぇ?」


思いがけない答えに、目をぱちくりさせる太公望。
少し後方にいると四不象も同じ表情になっている。


「な…何を言っておる、ダアホめが…」
「本気なんですっ!!」


すたすた逃げる太公望にもめげず、武吉は追いすがる。


「ぼくは道士・太公望の武勇伝を聞いて、ずっと憧れていたんです!!」
「逃げるぞ、、スープー…」
「…いいの?」


目を輝かせながら語る武吉があさっての方向を向いた隙をついて、太公望はダッシュで逃げ出す。
一行がだいぶ離れてしまってから、それに気付いた武吉。


「…どこ行くんですか? お師匠様っ!!」

「「!!」」
「へぇー! 速いね…」


ひゅんっ、と、まるで瞬間移動したかと思うほどのスピードで、武吉は一行に追いついた。
平然と感想を述べるの傍らでは、太公望と四不象がポカーンとしている。


「なっ…なんスかこのヒト…!! ワープしたっスか!?」
「飛んで逃げるのだスープー!!」
「え!? ちょっ、望ちゃん!?」


こういう切り替えはとてつもなく速い太公望。
素早く四不象に跨ると、一気に空へと舞い上がった。




<第10話・終>


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