「さっきから…ちょこまかと…うっとおしいわね!」
「おねーさん、元気だねぇ………」
「さっさと…大人しく…封神されなさいっ!!」
「生憎私はこんなトコで封神される訳にはいかないのよねー。まだ望ちゃんにも合流できてないしー」
「くっ…その減らず口…叩けなくしてやるわっ!!!」








第9話
 ―最初の封神








――人間界に到着したと思ったら、早速敵と遭遇した

敵の女性・烽嬬は、腰まである長い黒髪を振り乱し、そのつりあがった目を血走らせ、を追いかけ斬撃を放ち続ける。
は自分から攻撃するわけでもなく、ただひたすら軽々と避けるだけ。

その瞳に不思議な光を湛えながら、はぶつぶつと独りごちる。


「炎で、飛んでくる攻撃…斬撃……んー…昔、似たようなのを…どっかで聞いた気がするんだけどなぁ…」
「くそっ、バカにして……死ねっっ!!


烽嬬は怒りに任せ、今まで以上のスピードとパワーを持った、炎を携えた斬撃を繰り出す。
しかしは自分に向かってくるその斬撃を一瞥すると、軽く地を蹴り、空中で一回転して烽嬬の背後に着地した。


「…そっか、思い出した! 望ちゃんが言ってた、最初に封神した相手に似てるんだ! …確か名前は…」

「…陳桐将軍よ…」


――烽嬬の顔色が、変わった。

相手の変化を感じたは煽鉾華を握りなおし、用心深く烽嬬の様子を見守る。
烽嬬は攻撃の手を止め、先程とは質の違う怒りのオーラを静かに放ち始める。


「将軍の仇…この私が討つ…! もう不毛な追いかけっこは終わりよ、お姫様」
「…!!」


怒りが具現化していくかのように、烽嬬の体が、徐々に変化していく。

長い黒髪はさらに長くなり、あたかも意思を持っているかのように波打ち、瞳孔は縦に長くなる。
髪も、瞳も、着ていた服まで、全身の黒という黒は血のように赤く染まった。
爪は凶器に成りえるほど宝貝ごと長く伸び、赤くなった髪からは動物の耳が顔を出す。


「……やっと本性現したね、烽嬬さん。猫の妖怪仙人か…」


一直線に向かってくる物凄い殺気を軽く受け流し、が静かに呟いた。

右手に持つチューリップのような形の飛行型煽鉾華。その花びら部分を大きく開き、コスモスのような形にする。
左腕につけていた双輪雪を二つとも外すと、煽鉾華の柄の先端に装着した。


「(…莫邪があれば背中取って一撃だったんだけど…鉾で刺すんじゃ確実には封神できないしねー、多分)」


の手持ちの宝貝は、今は煽鉾華と双輪雪のみ。

双輪雪は攻撃用ではないし、煽鉾華は風や気功波を放つか、鉾として使用する宝貝。
鉾での棒術は、道徳や玉鼎に鍛えられたにとっては一番の特技だが、中距離戦ではあまり役にたたない。
相手は炎を使うので、風を使うのは相性がいいとは言えないし、気功波は一発撃つだけで相当の体力を使ってしまう。


「『煽鉾華と上手く組み合わせて使うがよい』か…。今がその時ね」


双輪雪をじっと見つめていたは視線を烽嬬に戻し、スッと目を細めると一気に間合いを詰めた。
先程まではそのスピードに翻弄されていた烽嬬だが、半妖体となって力に満ち溢れている今、その表情には余裕が見られる。


「バカめ! 自滅する気か!?」


振り下ろされる烽嬬の両手。
正面から向かっていったは、斬撃をぎりぎりまで引き付け、当たる直前でかわすと烽嬬の背後に回る。
両手で握り締めた煽鉾華の先端を使い、足払いをかけようとするが、片足だけ掠って避けられた。


…二人の間に、再び間合いができる。


「フン! そんな攻撃で、今の私を倒せるとでも思っているのかしら?」
「さあねー…」


攻撃を避けられたにも関わらず、の顔に浮かぶ微笑。
一瞬でその表情を引っ込めると、は再び烽嬬の懐へと飛び込む。


「そう…そんなに斬り刻まれたいならそうしてやるわ!!」








その後も何度も何度も同じ事を繰り返す
接近しては攻撃を仕掛け、掠るだけで避けられ、相手の攻撃を受ける前に距離をとる。

烽嬬のイライラはピークに達していた。


「…もうそろそろ、遊びの時間は終わりにしましょ? お姫様…」
「だーかーらー…それ、人違いだってば…。プリンセスっていったら竜吉さまじゃないかなぁ…」


炎の斬撃を放ち続けた烽嬬は、半妖体になったにも関わらず、既に相当疲労困憊している。
対するは涼しい顔で、今まで只の棒として使っていた煽鉾華に、漸く力を送り始めた。


煽鉾華の柄の先端で、双輪雪が今までに無い眩しい青白い光を放ち始める。


「…そろそろいいかな…」
「それはこっちのセリフよ! 骨の髄まで焼かれて死ぬがいい!!


烽嬬は最後の力を振り絞り、炎を携えた斬撃を放つ。
は攻撃が自分に向かってくるのを確認してから、地を蹴った。


の手元で、双輪雪の光は徐々に煽鉾華の花びら部分へと移動し、開いたコスモスの中央には光の結晶ができていく。




「ごめんね…。その陳桐さんに会わせてあげる」

「!!!」


背後から静かに聞こえる声に、烽嬬が反応したその瞬間。
――は眩しい光を放つ煽鉾華を、烽嬬に向けた。





「…いやああぁぁああぁあぁあああああ!!!!」





…爆発音と叫び声とともに、眩しい光が辺り一面を覆いつくす。


の目の前でも、烽嬬が光に……周りのものとは違う光に、包まれ始めた。


「何で…掠る程度の攻撃を避けるだけで、あんなに疲れたか分かった…?」

「!!?」


場にそぐわない、冷静な声が響く。
烽嬬が反応したのを受け、はゆっくりと彼女から視線を外す。


「…あなたの霊気、吸い取ってたんだよ…。煽鉾華の先につけた、双輪雪で。今の攻撃はその霊気の結晶」


目を伏せ静かに言う

自分の認識の甘さに漸く気付いたのか、烽嬬の表情が凍りつく。
周りの光が徐々に消え始め、自身の放つ光の方が強くなってきたのを見て、烽嬬は再びその体に変化を起こした。


「くそっ…このまま終わらせてたまるか!! その綺麗な顔に!! 一生消えない真っ赤な血の跡をつけてあげるわ!!!

「…!?」





――次の瞬間、バシュッ、という音と共に、烽嬬の魂魄は封神台へ向かった。








「はぁぁ……」


初めて敵を封神した
しかし、残されたの左頬には、真新しい一本の深い傷跡が。

ぼたぼたと血が滴っているのを気に留める様子も無く、魂魄が飛ぶ先を見つめながら肩の力を抜く。


「…終わったぁ……。最後、ちょっと油断しちゃったか…まだまだ修行不足ね…」


ふぅ、と、煽鉾華を地面につき立て嘆息する
一息つくと煽鉾華をクルッと回し、柄の先端に装着していた双輪雪を外して左手に嵌めた。


「『霊気などを吸い取って宝石に溜めておける上、溜めた気は怪我の治療など、様々なことに使える…』か…。こんな使い道もあったのね…だから『煽鉾華と上手く組み合わせて』かぁ。

…ってか、原始のじーちゃん、それならそうと最初から教えてくれればいいのに…まぁでも、自分で探すのも修行の一環、ってコトね…」


原始の言葉を思い出しながら、は漸く青い光を放つ双輪雪を左頬に近づけ、治療を始めた。
ひんやりとした感覚が完全に傷に吸い込まれたのを確認すると、先が焦げてしまったバンダナを首から外し、それで顔に付いた血を拭き取る。


「あーあ…この色、気に入ってたのになぁ…。また太乙に頼まなきゃ」


血の付いたバンダナを丁寧に畳んで鞄にしまうと、今度はそれより少し色の薄いバンダナを取り出す。
新しいバンダナを首に巻き、それと一緒に鞄から出した手鏡で、頬の傷の具合を確認する。


「…あれ? 血は止まったけど……」


鏡に写った自分の顔を見て驚く
その白い肌には、未だにざっくりとした傷跡が残っている。
は双輪雪を貰ってから、自分や他人の様々な切り傷、擦り傷、火傷などを治療してみたが、今までこんなことは無かったはずだ。


は暫く鏡を眺めていたが、軽く溜息を吐くと、血の付いたバンダナと同様に鞄にしまった。


「…まぁいっか、傷の一つや二つ! 肝心の止血はできたワケだし!! ……それよか、望ちゃんと合流しなきゃ」


また振り出しに戻っただが、今度は人に聞く前にもう一度考えてみる。


「あの関所…どっちかは西岐の管轄、どっちかは朝歌の管轄。…だったら多分、きちんと整備されてる方が、西岐の管轄よね!!」


――行くべき方向は決まった。

は再び煽鉾華を鞄にしまうと踵を返し、整備されている関所の方に向かって歩き始めた。








その頃、禁城では、妲己と喜媚が先程と同じ場所で空を眺めていた。


「姉サマっ☆ ホージュちゃん、頑張ってるカナっ?」
「そうねん…確かに相性は悪くないけど、烽嬬ちゃんじゃあ敵わないと思うわん…」
「ええっ? ホージュちゃんはやられりっ? 陳桐ちゃんくらい強いのにっ?」
「その陳桐ちゃんも、太公望ちゃんにやられちゃったしねん…それに……あらん?」


言葉を切った妲己の視線の先には、空に架かる光の橋。
妲己の視線を追い、彼女の見たものを理解した喜媚が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら妲己に迫る。


「姉サマ、あれ、ホウジュちゃんだりっ? 陳桐ちゃんの所に行きっ? また仲良くしに行きっ??」
「…そのようねん……そうでなくっちゃ、面白くないものん…


…これからも、楽しませてもらうわよん? 崑崙のお姫様んvV


妖艶な笑みを浮かべる妲己。
その真意を知るものは、未だいない――。




<第9話・終>


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