「…先に西岐に入っちゃったあ!? しかも数日前!?」

「ま、待て、落ち着くのじゃ…」
「ちょっと元始のじーちゃんっ!! 何で言われた通りに来たのに!! 最初っから置いてかれなきゃなんないのよっっ!!」
「…あ、あの…、一応謁見の間ですよ? じーちゃんはちょっと……

「白鶴は黙ってて…」

「……は、はいぃぃ…!!」








第8話
 ―時は流れ、数年後。物語は大きく動き出す。







――太公望が二太子の事件をきっかけに仙人界に戻って来たあの時から、数年の時が過ぎていた。


人間界で時を待っていた太公望が動き出しそうだ、という事で、漸く『太公望に合流し、封神計画に参加せよ』という指令を受けた
彼女は数年の時を経て、道士としても、少女としても、大きく成長していた。

仙道としての能力は仙人クラスにも近くなり、背も伸びて、整った顔立ちからは幼さも消え、もはや『可愛い』よりは『美人』の部類。


そして今回、『太公望が西岐に到着する前に合流せよ』という指令を受けたはずの

口を酸っぱくしてそう言っていた元始が、千里眼で様子を見て、時をみて指令を出し、太公望が西岐に入る頃に合流する予定だったのだ。
その元始に言われた日時をしっかり確認し、いろいろ理由をつけて引き止めにかかる育ての親達を何とか宥め、は先程、ぴったり指定通りの時間に玉虚宮に辿りついた。

そうしてみれば、太公望は既に西岐の中心地・豊邑の目前に到達しているという。


――決して短気な方ではないも、さすがに今回はキレた。
それだけの理由があるのは、彼女の疲労具合からも見て取れる。


「…私がここまで時間通りに来るのに、どれっっっだけ苦労したことか…幹部の総元締めの、元始天尊サマなら…お分かりになりますよね??
前回、私が西岐の視察に赴く為、人間界に降りる時の騒動…まさか、お忘れになったなんて言わせませんよ…??」


一度注意されたからか、の口調が変わった。しかもご丁寧にきちんと跪き、頭を垂れている。
この丁寧な態度と喋り口での怒り具合…。育ての親の一人、普賢真人の影響だろうか。普通にキレられるよりよっぽど怖い。

元始と白鶴の顔から、どんどん血の気が失せていく。


「(…い、今のが万が一、本気を出しおったら…玉虚宮なんて一瞬で全壊させられてしまうわい……!!)」


身の危険を感じた元始は、なるべくを刺激しないように、言葉を選びながらを宥める。


「…み、皆、おぬしの事を心配しておるのじゃよ…おぬしは我らの大事な娘だからのう…可愛くて仕方ないんじゃ」
「可愛がって頂いてるのは分かりますし、有難いことですが、少々過保護の度が過ぎます!! 私ももうすぐ成人する年ですよ? ……もう子供じゃないんです」


はぁ、と大きく溜息をつく。漸く怒りも収まってきたようで、もはや諦めたように言葉を続ける。


「…もういいです。次からは、崑崙総統の出した指令を遂行するのを、幹部が妨害するようなことは無いようにしておいてください」
「わ、分かったわい…では、指令は少し変更じゃ…人間界に降り、太公望を探して合流し、封神計画の遂行を手伝え…よいな?」
「…分かりました」


は元始の指示が終わったのを確認すると、立ち上がって腰に付けた鞄から煽鉾華を取り出した。
そこで、ふと白鶴が異変に気付く。


「あれ? 、煽鉾華が…何だか短くないですか?」
「あー、これ、いつもの3代目じゃなくて、昔使ってた2代目なのよ。3代目は只今改良中! 莫邪も元々修行用だから置いてくことにしたし。持ってくのはこれと双輪雪だけなの」
「へぇ…大丈夫なんですか?」
「宝貝は少ない方が一個一個にかけられる力が大きくなるじゃない。2代目もメンテしたから大丈夫!」


先程までの怒りのオーラはどこへやら。笑顔すら浮かべて答える
元始は小さく「切り替えの早い奴め…」と呟くが、しっかり聞こえていたようで、はパッと振り返る。


「だって、暫く会えないのに、最後に会った時の顔が怒った顔なんて嫌だもん。出発する時は笑顔で気持ちよく行くの!」


はそう持論を説きながら、煽鉾華に跨り、発動させて宙に浮く。
そして最後に、真剣な顔で元始天尊に向き直る。


「…じゃあ、元始天尊さま、白鶴。行って参りますっ!!」
「うむ…頼んだぞ」
、行ってらっしゃい! 太公望師叔によろしく!!」


――そして、自らの持論に則り、最高の笑顔を見せると、は玉虚宮を後にした。








丁度その頃の、朝歌・禁城。
敵の大将・妲己は、妖しい微笑みを浮かべながら、義妹の喜媚と共に城の外を眺めていた。


「喜媚ん…前に申公豹が言っていた、崑崙のお姫様…漸く人間界に降りてくるようなのよんvV」
「おヒメサマ??」
「ええ…どんな子かしらん…楽しみだわんvV ……試しに…誰か、お姫様と遊んでくれる子、いないかしらん…」
「姉さまっ! そういえば、ホージュちゃんがおヒメサマと遊んでみたいって言ってたりっ☆」
「…そう、烽嬬ちゃん…あの子なら丁度いいわん………お姫様と、思う存分遊んできて貰いましょん…喜媚、烽嬬ちゃんを呼んできてんvV」
「分かったりっ☆」








「…ううっ、寒気がする…何でだろ……。自分で飛んでるからかなぁ…」


一方、人間界に向かっている
前回とは違って、宛雛に運んでもらうのではなく、煽鉾華で地上を目指している。


「人間界って意外と遠いわよねー…しかもメンテしたとはいえ、やっぱり2代目じゃ3代目より遅いし……早くできるといいなぁ〜、改良型…」


宛雛より3代目煽鉾華、3代目より2代目の方が遅いとはいえ、今ののスピードは四不象より少し遅い程度だ。
ぶつぶつ言いながらも、暫く飛んでいるうちに地上の様子が肉眼で分かる距離まで来ていた。


「やっとはっきり見えてきた!! …で、このまま豊邑に直接降りるのは…さすがにマズいよね」


の視線の先には、たくさんの建物が集まっている街。おそらく、西岐の中心地・豊邑だろう。
街に溢れる活気が上空からでも見て取れる。


「…んー…とりあえず、あのへんに降りてみるかな」


呟くの視線の先には、豊邑よりはだいぶ東の、西岐と朝歌の境目に広がる野原。
ひとまずそこを目指し、は降下を始めた。








「…さーて、こっからは徒歩ね…」


程なくして、地上に降り立った
前方にも、後方にも、関所のような建物が見える。
は煽鉾華を鞄にしまい、慎重に辺りを見回す。


「あれ…どっちが西岐だっけ…確かこっちで良かったと思うけど…ちゃんと確認しとくべきだった……」


あまり人目に付かないように急降下で地上に到達したは、方向感覚が鈍っていた。
どちらに進むべきか考えていると、遠くに一つ、若い女性だと思われる人影を見つけた。
こんな何も無い所で、しかも一人で一体何を…と一瞬怪しんだだが、他に当ても無いので、とりあえず近づいてみる。


「すいませーん、お姉さーん!!」


たたっ、と軽く走り、一気にその女性の横に到着した
相手は遠くにいたはずの少女の予想外の速さに驚き、返事ができないでいるが、は気にせず話しかける。


「あのー、すいません。ちょっとお尋ねっ………えっ!!?」

「成程…妲己様が仰った通りね…」
「…!!」


今度はが驚く番だった。
相手の女性から発せられた、敵の総大将の名前。加えて……。

「こ、焦げてる…?」


先程のの言葉が終わる前に、バツ印を描くように振り下ろされた女性の両手。
咄嗟にその瞬発力で大きく避けたが、少し掠ってしまった、首に巻いてあるバンダナの端は、じりじりという嫌な音をたて、黒く変色していた。


「敵さんだったか……道なんて聞いてる場合じゃないわね」
「ふっ…その瞬発力は大したものね……我が名は烽嬬!! 死んでもらうわよ、崑崙のお姫様」

「…おヒメサマ…? 人違いだと思うけど??」


鞄から素早く煽鉾華を取り出し、その女性…烽嬬と間合いを取りながらも、はあくまで軽く尋ねた。
烽嬬はその整った顔を意地悪く歪めて笑う。


「間違いないわよ。妲己様が仰った通りだもの。その額の紋章と、花のような形の箒型宝貝。スピードも速いはずだと聞いているわ」
「えぇ? どっからそんな情報が……。何で?」
「…これから封神される相手に教える筋合いは無いわ!!」


叫ぶように言い放つと、烽嬬は再び両手を交差し、振り下ろして大きなバツ印を描いた。
よく見ると、その両手の先には真っ赤な爪型の宝貝が装着されている。

今回も難なく避けるだが、その攻撃の行きついた先を見て唖然とした。


「…斬撃…しかも、当たったところが燃えてるわね…」


の視線の先には、幹に真っ赤なバツ印の傷がついた大木。
10メートル以上離れているにも関わらず、付けられた深い傷痕は赤々と燃え上がっている。


「炎系で、飛んでくる斬撃かぁ…中距離戦ね…。こりゃー、一番相性の悪い相手かも…今の私には」


こんな状況でも、の顔には、少し引きつってはいるが……穏やかな笑みが浮かんでいた。




<第8話・終>


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