「…行方不明っ!!? …碧雲がですか!?」
「うむ…。昨日から姿が見当たらんのじゃ…」
第7話
―数年振りの再会
が仙人界に戻ってきてから暫く経った頃。
漸く双輪雪を使いこなせるようになってきたは、道徳のもとで午前の修行を終えた後、竜吉公主を訪れていた。
すると、竜吉公主の二番弟子で、とも仲の良い碧雲の行方が、昨日から分からないという。
…は、今降りたばかりの煽鉾華に再び跨った。
「修行なんて言ってる場合じゃないね…竜吉さま! 私も探しに行ってきます!!」
「そうか。おぬしが加わってくれれば心強い…、頼んだぞ」
は、答える代わりに地を蹴った。
「どうしよう…闇雲に探しても見つかんないよね……あ! そーだ!!」
沢山の浮岩の中で、突然空中停止した。
左耳に手をかけ、宝貝にやるように、その左耳のピアスに力を送る。
「え――んちゃ―――――ん!!!」
「…呼んだか? 主様」
「うわっ!!」
のピアスと宛雛の首輪。その両方に付いている青い宝石が、連動するように同じ光を放っている。これが、二人の連絡手段。
宛雛のスピードは理解しているつもりだが、思っていたより相当早く自分の横に現れたことに驚く。
呼ばれて来てみたら驚かれて、宛雛は少し傷ついたような表情。
「偶然、近くの浮岩にいたのだが…」
「ごっ、ごめん宛ちゃん……緊急事態なの!! 碧雲が昨日から行方不明で…何かトラブルに巻き込まれてるかもしれない! 最近何か…事故とか! 無かった!?」
「トラブル? 事故?……そういえば、昨日、ある浮岩で落石事故があったようだが…」
「…それだ!! 宛ちゃん、案内して!! 最高速度で!!」
は言うやいなや煽鉾華に今まで以上の力を籠める。
――次の瞬間、二人の姿はその場から消えていた。
「碧雲!!」
「……!? た、助けて…」
宛雛の言う、落石事故のあった浮岩に、碧雲はいた。
碧雲はその事故に巻き込まれてしまったようで、下半身が岩の山に埋まっている。
行方不明になった昨日からこの状態だったのだろうか。かなり疲労した様子で、を呼ぶ声も弱々しい。
碧雲の横に膝をつきながら、はキビキビと宛雛に指示を出す。
「…宛ちゃん、羽根お願いっ!! あと…上がヤバいね…悪いけど、誰か応援呼んできて!!」
「…緊急事態だ…仕方あるまい」
本来、認めた人間にしか関わらない宛雛だが、主が必死になっている上、この状況だ。
宛雛は頭上の不安定な大岩を一瞥すると、自身の羽根を一枚抜き、に手渡して、応援を求めて飛び立った。
は、受け取った羽根を碧雲の背中に乗せる。
…青い羽根は、その背中に吸い込まれるように消えていった。
「…あら…? 何だか、体が少し楽になったわ…」
「凄いでしょ、宛ちゃんの羽根。鎮痛と疲労回復作用があるんだ。……昨日から…こんなんだったんだよね、碧雲…。待ってて! もう少しの辛抱だから!」
は煽鉾華を鉾型に変形させ、岩の下に差し込み「うぅ〜〜〜…」と唸りながら、てこの原理で岩を動かし始める。
そんなに、後ろから聞き覚えのある声が掛かった。
「あれ? じゃないですか! 何してるんです??」
「「…(さん)っ!!?」」
「おおっ!? ありゃあと2〜3年もすりゃ超上玉になるぜ!? ……待てよ? …ちゃん?? …師匠がずっと隠し続けてきた子じゃねぇか!!」
「え…!!?」
振り返ったの目に入ったのは、白鶴童子と、本当に久々に会う、太公望と四不象。それと知らない道士が一人。
再会を喜びたいところだが、今はそれどころではない。
「みんな、大変なの!! 碧雲が岩の下敷きに!!」
「なに―――っ!!?」
「落石事故に巻き込まれたっスね!!」
「畜生、匂いはしてたんだ!! 早く助けに行かないと!! 待ってろ碧雲ちゃん、ちゃん!!! 行くぜポルシェ!!」
「…碧雲、応援来たよ!! もう少しだからっ!!」
「…ありがとう………あら? 地面が…」
「え??」
ボコッ、という音がして、碧雲の目の前に先程の道士が現れた。
地面を掘り進んできたようで、顔から下は未だ土の中。
「碧雲ちゃん、もう少しの辛抱だ! 今助けてやるぜ!! それにちゃん、ここは危ねぇ。太公望のところに避難しとくんだ!!」
「え……? なぜ私の名前を……? あなたは?」
「地面を掘る宝貝? …もしかして…懼留のじーちゃんの弟子の…?」
「ああ!! おいらは土行孫だ! さぁ碧雲ちゃん、あんたの下に穴を開けるよ! …ちゃん、ちょっと離れててくんねぇか?」
ここは言われた通りにした方が良さそうだ、と判断したは、煽鉾華を発動させ、少し離れた所へ浮く。
上の大岩が気になるが、攻撃用でもあるの宝貝・煽鉾華は、今飛行型にして乗っているので、ここにいても何も出来ることは無い。
「…飛んでる時に使える宝貝、あったらいいのになぁ…。一応、予備の莫邪なら持ってるけど…あんな大岩相手じゃね…」
自分のいざというときの力の無さを悔やみながらも、は太公望達の元へ向かう。
「(…ここは土行孫に任せれば大丈夫。宛ちゃんもそろそろ来るだろうし…。うじうじしてないで切り替えなきゃ!!)」
そう思い直したは、いつもの笑顔を浮かべ、太公望の横に軽やかに着地する。
「…望ちゃん、久しぶり!!」
「!! ……暫く見んうちに、だいぶ大きくなったのぅ…昔はこんなに小さかったのだが…」
太公望が最後にに会ったのは、彼が封神計画を受け、崑崙を降りる前日。
はまだ十歳程で、道徳のもとに正式に弟子入りしたばかりだった。
貰った宝貝を見せ、計画の事を当り障りの無い程度に聞かせると、は「もっと修行して強くなったら手伝うから!」と笑顔で言っていた。
太公望は、こんなに、と言って左手を自身の腰の辺りにかざす。
それを見て「まだまだ成長期だから」と笑う。
しかし、その笑顔も、碧雲の上でグラグラし始めた大岩を見て凍りついた。
「……やばい!!」
「こら土行孫! 無理はするでないぞ!!」
「あーうるせ――!! 外野はすっこんでろ!!!」
「もっ…モグラさん! 大きな声を出しては…」
はっ、と土行孫が気付き、手で口を押さえたときには、既に遅かった。
…上で揺れる大岩は、ついにそこに留まっていられる振れ幅を超え、下の二人に向かって一直線に落ちてきた。
「きゃああっ!!」
「碧雲っっ!!」
太公望とが、それぞれの宝貝を降って来る岩に向かって発動させようとしたその時。
――白い何かが岩に向かい、ドンッ、という音がしたと思うと、そこにあったはずの大岩は無くなっていた。
そして、二人の後ろに現れた、一つの人影。
「お久しぶりです、太公望師叔! 帰っていると聞いて会いに行こうとしていたら、の霊獣に会いまして…」
「よっ…楊ゼン!」
「楊ゼン!? …じゃあ、宛ちゃんが…?」
「ああ。まさかあの伝説の霊獣・宛雛がの霊獣で、そのうえ会った事も無い僕を呼びに来るとはね…。彼は僕に伝えた後、どこかに行ってしまったけど…とにかく、間に合って良かったよ」
「そーなんだ…宛ちゃん、実は照れ屋だから。一応『宛雛』って言ったら、気位の高い孤高の鳥だもんね、本来は」
くすくす笑って言う。自分や道徳、天化、元始以外の人間と関わろうとしなかった、宛雛の変化が嬉しいのだろう。
「後でお礼言っとかなきゃ」と呟きながら、煽鉾華に乗り、碧雲のもとへ向かう。
「土行孫よ…おぬしの執念には少し感心したぞ。しょうがない。ナンパのために四不象を貸そう!」
「執念?? …ナンパ??」
「かたじけない、太公望!! これで碧雲ちゃんはおいらのモノだ!! ……碧雲ちゃん、おいらの車でドライブ……あら?」
「車…? スープーが車?」
漸く碧雲を救出した一行。
話が分かっていないをよそに、いそいそと四不象に乗り、碧雲に声を掛ける土行孫。
声を掛けられたはずの碧雲はというと、すたすたと一直線に土行孫とは逆方向に進んでいく。
「ありがとうございました、楊ゼンさまvV」
ポーっとなっている碧雲、その前には楊ゼン、ずっこけている土行孫と四不象、それを白けた目で見る太公望。
それを見て、はなんとなく事の経緯が分かった気がした。
そんな中、太公望はに近づくと、その耳元で何やらぼそぼそと呟き、ニヤッと笑う。
が首を傾げつつも頷いたのを確認すると、太公望は土行孫に止めを刺しにいく。
「…フッ…やはり『顔』か…」
「うるせ――っ!!! ……はっ、そうだ!! ここにはあのちゃんもいるじゃねえか!! 近い将来の為に声を掛けておかねば!!!」
きょろきょろしだす土行孫に、太公望はわざとらしく明後日の方向を向く。
「…あやつなら、白鶴と先に帰って行きおったぞ??」
「………」
「望ちゃん、帰ってたんだぁ…後で遊びに行こーね!! …それにしても…あの人が懼留のじーちゃんが隠してた弟子だったんだー…白鶴は、知ってたよね?」
太公望に「先に帰っておれ」と言われたは、煽鉾華は鞄にしまい、幼い頃よくやっていたように、白鶴の足に掴まって空を行く。
煽鉾華とはまた違った空中飛行を楽しみながら、白鶴に問いかける。
「一応知ってましたよ。でも、あの性格は初めて知りましたね…。と会わせなかった、懼留孫さまのお気持ちが分かりましたよ…」
「へ? …何で??」
「…貴女、相変わらず…自分の事となると鈍いですよね…」
白鶴の溜息は、仙人界に吹く風にかき消された。
<第7話・終>
prev / next
★あとがき