「双輪雪が……淡いけど、光ってる……。こんな力もあったんだ……?」

藍色の瞳を瞬かせて独りごちるに答えるかのように、双輪雪はちかちかと瞬いた。










第46話
 ―転換点










「……おのれ……憎き崑崙の仙人共め……!! 腐ってしまえ!!」

もはやこれまで、と悟ったかのように、最後の悪あがきを見せる魔家四将。
猛毒の塊と化したそれに、さすがの楊ゼンもじりじりと後ずさる。
そんな中、どろどろの塊についた二つの目玉が、一人毒の中に取り残されたを捕らえる。

「……!? 小娘……何故だ!? 我らの毒が効かぬはずがない!!!!」
「!」

まるでを避けるかのように、ぽっかりと穴の空いた毒の海。
それを見た魔家四将は怨嗟の籠った声をあげ、穴を埋めようとますますその毒を広げる。

「うっ、どうしよ……足、動かないんだけど……」
「……楊ゼン、早く止めをさすのだ!! が取り残されておろう!? あやつも相当疲労しておるはずだ……いつまで持つか分からん……」

なおも双輪雪に守られつつも、広がる速さの増した毒の海に、と仲間達の距離は広がる一方。
動くに動けない彼女を見て、太公望がよろよろと楊ゼンに近づく。

「それにしても……恐るべき執念よ……自らの命と引き換えに、この豊邑の大地を腐らせてしまうつもりなのだ!!」
「いやです!」
「へっ?」
「僕の三尖刀は切り裂く宝貝だから、あそこまでは届かないし……哮天犬は今からを助けるのに使いますから。そうでなくても、あんな汚らわしい物に向けたくありません」
「そんなことを言うとる場合かい!! というかそれなら早く助けてやれ!!」

太公望の真面目な言葉を、楊ゼンはあっさり一蹴する。
指摘された哮天犬を袖の下から飛び出させ、の元へと向かわせたあと、彼は静かに太公望に背中を向ける。

「太公望師叔!! ……最後はあなたが決めてください」
「!」
「この戦いで僕たち崑崙の道士は、初めて力を合わせて戦いました。これは大変な進歩です」

だからこそ、と言葉を続けながら、楊ゼンは構えていた三尖刀を降ろす。
その横に、哮天犬に無事救出されたがするりと降り立った。
楊ゼンに礼を言おうと口を開くが、場の雰囲気を察して、哮天犬を撫でながら無言で太公望を見つめる。

「この戦いに幕を引くのは、あなたがふさわしいのです」
「……なるほどね……。私もそう思うよ、望ちゃん」

成り行きを見守っていたも、楊ゼンの言葉を肯定する。
太公望は無言で二人の顔を交互に見ると、漸く決心したかのように「わかった……」と呟く。

「――だがに楊ゼンよ……あやつ、また動いて襲ってきたら……」
「もう、そんな力はありませんよ! さぁ背筋を伸ばして!!」
「だーいじょぶだって!私の双輪雪、一つで防げるぐらいだったんだから!!」

気乗りしない風な太公望の背中を、両脇から楊ゼンとがばしっと叩く。
二人掛かりのそれにつんのめりながら、太公望は打神鞭を握る力を強めた。

「でっ……では……疾ッ!!」

繰り出された風の刃はまっすぐに走り抜け、魔家四将を真っ二つに切り裂く。
ドン、という地響きとともに、光に包まれる毒の塊。

「ふぅ……終わったのう……!!」

安堵の溜息を漏らす太公望の後方では、四つの光が空に架け橋を作っていた。





「太公望! !」
「あ、コーチ!」

魔家四将の封神によって、毒の消え去った豊邑の大地。
散り散りに避難していた仲間たちが、徐々に太公望の元に集まる。
そんな中、巨体の足元に土煙を上げながら、一体の黄巾力士が降り立った。
運転していた道徳は地上に降り立つと、黄巾力士の腕に抱える人影を指さし太公望に言う。

「ナタクは壊れている! 太乙のところに持ってって修理してもらおう!!」
「……本当だ……壊れておる……」
「目の焦点が……合ってないわね……」

耳からは蒸気を上げながら、不吉な機械音を発するナタク。
言葉の通り“壊れている”彼を見上げて、太公望とは顔を見合わせた。

「それに雷震子や天化、も一度仙人界に戻って、ちゃんとした治療をしないとだな!! ……ところで武吉くん」
「はいっ!!」

他の若い道士たちにも釘を刺した後、道徳は突如話の矛先を武吉に向ける。
お手本のような元気の良い返事を返した彼の肩に手をやり、道徳は本気の顔で武吉に迫る。

「オレの所で鍛えてみないか? キミのスピードはといい勝負だっ! キミの足なら世界を狙えるっ!!」
「コ、コーチ……。ってか、武吉は普通に私より速いと思うよ……?」
「いや、ウチのの最高速度なら、武吉くんとでも十分勝負になるっ!! なぁ、そうだろ太公望っ!? 前にも話したかもしれんが……」

の少しズレた突っ込みに、道徳の話は再び大きく方向転換。
勧誘はどこへやら、道徳はを抱きしめ頭をわしゃわしゃと撫でると、太公望と武吉にいつもの弟子自慢を始める。
道徳の語り出すの武勇伝に、武吉は「わぁ、さんってやっぱりすごいんですねっ!!」と感動し、は流石に疲れたのか、道徳に捕まえられたまま力無く笑っている。
そんなマイペース三人組を見て、太公望は遠い目をして空を仰いだ。

「ダアホめ……」





――その後、戦いの跡地には、南宮カツや周公旦をはじめとした人間たちが集い始める。

今回の事は最早、仙道道士だけの話ではない。
周としても大きな打撃を喰らったことで、彼らの闘志も上がっている。
殷も金鰲島もまとめて倒そう、と言う人間達に、犠牲を最小限に抑えたい太公望は苦い顔。
しかし、そんな彼の苦悩を察した仲間たちの言葉から、一人重荷を背負っていた彼の意識が徐々に変わっていく。

一方その頃、朝歌の聞仲の元に、金鰲島からの使者・趙公明が現れていた。
新たな戦いの火種は、確実に生まれている――。




<第46話・終>

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あとがき