「平気かい!? 天化くん」


長かった花狐貂上の攻防戦は、天化が制したはずだった。
しかし、そんな時、武成王の腕から脱走した礼寿が、別の花狐貂を操作し、天化たちの真上へと動かした。

礼青に止めを刺し損ねたばかりか、降ってきた別の花狐貂に潰されかけた天化。
そんな彼は、楊ゼンが咄嗟に出した哮天犬によって、遠く離れた空中へと無事救出されていた。










第45話
 ―彼女の持論










「キミはここで休んで。僕はこれから残りの花狐貂を全て破壊する」
「何だって!?」


楊ゼンは地上の安全な場所を選んで降り立つと、哮天犬に銜えられている天化を降ろす。
空に浮かぶ複数の巨大くじらを見上げてサラリと言ってのける楊ゼンに、天化は驚きの声をあげた。


「あんた一人であれを!? そんな事は不可能さ!!」
「可能だよ。花狐貂が内側からの衝撃に弱いということをナタクが証明してくれたからね……」
「でもまだ上にいるオヤジ達はどうするさ!?」
「それも大丈夫。とキミの師父が、黄巾力士でナタクと雷震子を運び出してくれている。武成王は既に地上に降りてるよ」


半信半疑な天化の問いに、楊ゼンは静かに的確な答えを返す。
天化がようやく口を閉じたところで、楊ゼンは、傍らに控える哮天犬の頭をひと撫でした。


「さあ哮天犬よ……行けっ!!」


楊ゼンの指示が出た瞬間、一直線に花狐貂目指して飛び出した哮天犬。
その口の僅かな隙間からスルリと体内に入ると、一気に尻尾の方まで突き抜ける。

――ドシッ、という音と共に、花狐貂が一機、いとも簡単に破壊された。


「ほら、ね」
「おー……」


見事に的中した予想に、楊ゼンは微かに口角を上げる。
哮天犬が二機目の花狐貂に飛び込もうというとき、彼等の背後に、一つの人影が音も無く現れた。


「ちょっと楊ゼン! 一人で美味しいトコ取りなんてずるいよ〜!?」
「「っ!?」」


軽やかに着地した彼女は、楊ゼンを見上げてにっこりと満面の笑みを浮かべる。
しかし、彼の腕を小突くのその笑みは、普段の天使の微笑みではなく、悪戯を思いついた小悪魔のそれである。
彼女の育ての親の一人を思い出した楊ゼンは、軽く嫌な予感を覚えた。


「私があれだけで大人しく引っ込んでると思った? ……実はさ、遠距離用の丁度良い新技があるのよね」


楊ゼンと天化が口を開く間も与えず、は妖しく微笑むと、煽鉾華を花狐貂の一つに向け、力を籠め始める。


「丁度いい新技、って……、あーた何するつもりさ!?」
「ま、見てれば分かるって」
「……!」


いつも通りの明るい口調とは裏腹に、ぞくっとするほど妖艶な笑みを浮かべる
その手元では、煽鉾華の花びらの中で、はちきれんばかりの光の球が出来上がっている。
頃合いを見計らって、はその細い両腕に力を籠めた。

煽鉾華が眩い光を放った、次の瞬間。


「……行っけー! 雪月華・大砲型っ!!」


――哮天犬が起こしたそれよりも、規模の大きな爆発が起きた。





「……、キミは、一体……何をしたんだい?」


爆発が生んだ煙が徐々に引き始めた頃、ようやく楊ゼンが口火を切った。

あれだけの大怪我をして、先程まで仙人界に戻っていた
しかし今、文字通りの“大技”を使ったにも関わらず、楊ゼンと天化の間で息一つ乱さずに立っている。
そんな彼女に様々な思いを籠めて投げ掛けた質問は、相変わらずの軽やかな調子で返された。


「煽鉾華の気功波と一緒に、双輪雪を装着した斬風月を飛ばしたの」
「双輪雪を……?」
「そ! あのくじらの中で、双輪雪にくじらの力を吸い取らせて、そのパワーで爆発させた……って感じ?」
「そ、双輪雪って、治療用宝貝じゃ無かったんさ……?」
「……いや、単に、嵌め込まれた宝玉を介して霊気を集めたり放出したりする力の高い宝貝、ってだけだよ。上手く使ったね、
「えへへ、名付けて『雪月華・大砲型』ってとこかな! 結構前から思いついてたんだけど、今までなかなか使える対象が無くて……あ、戻って来た」


ふ、と空を仰いだの視線の先には、双輪雪によって手裏剣状に束ねられた斬風月。
飛んできたそれを軽くジャンプして掴み、「大成功〜!!」と上機嫌なを見て、楊ゼンと天化は思わず顔を見合わせた。

くじらの大群に埋め尽くされていた西岐の空は、哮天犬との攻撃とによって、漸く澄んだ青色を取り戻しつつある。
そんな時、最後に残った花狐貂の上から、眩い光が放たれた。


「な……何だ? くじらが消えたさ……」
「ホントだ……墜落してたやつまで全部……」


爆発が起こるかと身構えていたと天化は、いつまで経ってもやってこない衝撃に、ゆっくりと顔を上げる。
空からも大地からも消えたくじらの大群に呆然とする天化とを後目にして、楊ゼンは光の方向へと駆け出した。


「あっ! 楊ゼンさん、どこ行くさ!?」
「ああっ! よーぜんっ!! 私も行くっ!!」








「なっ……何、あれ……」
「ついに原型を現したな……妖怪!!」


最後の花狐貂があった場所の真下で、楊ゼンは身構えたまま立ち止まる。
追いついたが彼の視線を追えば、もわもわと立ち込める土煙の中に、禍々しい“何か”の影が浮かび上がっていた。





「うわ―――っ!! あれは何ですかお師匠さまっ!!」
「ショウという四つ首の幻獣だ。どうやらあれが魔家四将の本当の姿らしいのう」

被害が及ばない程度に離れた所で、武吉に背負われた太公望が解説する。
四つ首の幻獣・ショウはその頭の一つに、礼青の青雲剣のものと同じ模様を浮かび上がらせた。
それに嫌な予感を覚えつつ、太公望は視線をショウの足元へと移動する。

「……にしても、め……まだやる気か、あの身体で……」





「ねー楊ゼン、あの模……」
「!!」


の言葉が終わる前に、降り注ぐ槍のような攻撃が二人を襲う。
ギギギギギ、と耳を塞ぎたくなるような音と共に発せられるそれを避けながら、攻撃の出所を観察する。


「……コレって!!」
「ああ、魔礼青の技だ……!! やはり宝貝の能力を吸収している!!」
「ってことは無敵じゃねぇかよ!! こっちの攻撃は魔礼紅の傘の能力ではね返されるんだろ!?」


楊ゼンの解説に、地上に降りていた武成王が叫ぶように答える。
そんな彼等を嘲笑うかのように、ショウは先程とは別の首の鼻先に、黒い影を浮き上がらせた。
そこ影から放たれるのは、物理攻撃ではなく、耳をつんざく金属音。


「うわーっ!!」
「武吉!!」
「これは……魔礼海の琵琶……!?」
「頭がいたいですーっ!!」


西岐の隅々まで響き渡るほどのそれに、あちこちで頭を抱えだす仲間たち。
音の出所に一番近い位置にいるはずの楊ゼンとは、表情を崩さず、静かにショウを見据えている。


「楊ゼン、! 早くせいっ!!」


太公望の言葉を背に受け、一瞬視線を交わした二人は、それぞれ別の方向からショウに向かって走り出す。
彼等の動きに気付いたショウは、また別の鼻先に、今度は礼紅の混元傘を浮き上がらせた。
二人はそれを気に留めることも無く、それぞれ宝貝を構え、一気に間合いを詰める。

――直後、二つの衝撃で、西岐の空が揺れた。








「フッ……混元傘はナタクの攻撃でヒビが入っていたと言ったはずだ」
「おおっ!! やったさ!!」


崩れ落ちるショウから一跳びで距離を取り、楊ゼンとは軽やかに着地した。
戦闘の行方を見守っていた天化も、鮮やかな攻撃に歓声をあげる。
余裕の表情でショウを見送る楊ゼンは、締めくくりとばかりに言葉を続けた。


「それと……最後の手段に巨大化した悪者は、絶対に勝てないものだよ!!」
「そーいうことね……ふぅ、スッキリしたっ!!」


ねっ、と笑顔で自身を見上げるに、楊ゼンは苦笑を隠せない。
上機嫌な彼女の頭に片手をやりつつ、戦闘中は抑えていた言葉を、溜息と共を吐き出した。


「まったく、無茶するんだから……」
「私、昔から言ってるでしょ? 『やられた分はやりかえす』って」
「……それに、『敵の場合は三倍返し』だろう?」
「ふふ、さっすが、よく分かってらっしゃる!」


の屈託の無い笑顔につられて、つい楊ゼンの表情も緩んだ。
少し言おうと思っていた説教の代わりに漏れたのは、完敗を認める台詞ひとつ。


「まったく、さすが道徳様の一番弟子だよ……」


褒め言葉と共に出てきた師匠の名前に、は柔らかい照れ笑いを漏らす。
しかし、俯きがちにふわりと緩んだその表情は、地面を這う異物を認めて固まった。


「!?」
「これは……!!」


途端に緊張を纏ったに、楊ゼンも視線を足元に動かす。
迫り来る悪臭を放つどろどろした液体に、流石の楊ゼンも、思わず後ろに飛びずさる。


「まさか、魔家四将の体液が……大地を腐らせているのか!?」


視線を上げた先には、瀕死状態の魔家四将。どろどろの塊と化したそれに、楊ゼンはきゅっと眉根を寄せた。
無意識にふっと隣に視線を動かした楊ゼンは、その表情を驚きに変える。

――反射神経の塊とも言うべき彼女が、あろうことか、先程の位置で立ち尽くしている。


っ!!」
「………」
「……!?」


無理な戦闘の反動か、と、助けに向かおうとした楊ゼンの足が、不自然に止まった。

結構な速さで広がってゆく、毒々しい色の液体。
しかし、の周りは、そこだけ毒が自ら避けているかのように、腐っていない地面が顔を出している。
離れ小島に取り残されたような格好になりつつも、彼女に被害は及んでいない。


「なに、これ……?」


――戸惑うの左腕では、双輪雪が、微かに淡く青い光を放っていた。




<第45話・終>

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あとがき