「太乙〜〜〜!!!」


朝食を終え、は久々に使う自身の宝貝・煽鉾華に乗り、金光洞まで飛んできていた。
修行中は鉾として使っているこの宝貝だが、普段の形状は箒の形。
チューリップのような箒の部分を開いたり閉じたりする事で、鉾型や飛行型と形状を変えることができる便利な宝貝なのだ。


「…太乙〜!! いないの?」


金光洞の前をうろうろしながら声をかける
普段ならが2〜3回呼べば、たとえ宝貝作りに熱中していても出てくるはずの、この洞府の主・太乙真人だが、今日はなかなか出てこない。


「黄巾力士はあるんだけどな〜…どうしたんだろ?」


さらにもう一度呼んでみても、反応は無い。
ここは後回しにして、先に雲中子の所に行こうか…と思ったが再び煽鉾華に腰掛けたその時。

――遠くから爆発音が聞こえた。








第4話
 ―“無自覚のあの笑顔”







「…成程、そーいうことかぁ……」


この爆発音は実験で失敗したとかの類ではなさそうだ。むしろ戦闘時の音に近い。
事の見当がついたは煽鉾華を発動させ、音のする方へと向かう。





「…うわぁ!! やめるんだ! ナタク〜〜〜!!」
「黙れ」


ズカ――――ン!!


「うわぁぁぁ!! …う、迂闊だった〜!! こんな時に九竜神火罩がメンテナンス中だなんて〜!!」
「そりゃタイミング悪かったね〜…」
「ああ、全くだよ……って、え!? !?
「ム!?」


洞府から少し離れた浮岩に太乙は居た。
そして爆発音を引き起こした張本人、ナタク。
突然現れたに驚き、ナタクは攻撃の手を止めた。


「やっほー、二人とも久しぶり〜!」
―――!!」
「ム!」


太乙はに飛びつき後ろに回ると、を背中側から抱きしめる形になる。
されるがままの体勢で、は顔だけ太乙のほうに向ける。


「ただいま、太乙! 任務は無事終わったよ!」
「そうか、良かったあぁ…変な男に捕まったりしなかったかい!? 怪我はしてない!?」
「大丈夫大丈夫!」


笑って言うに、太乙も心配顔を引っ込め笑顔になる。
しかし、そんな二人をジッと睨む二つの目が。


「…はっ、ナタク!! ……そ、そうだナタク! が久々に帰ってきたんだ! 今日はに免じて諦めなさい!!」


今の状況を思い出した太乙は、を後ろから抱きしめたまま、再びナタクと対峙する。
不機嫌顔のナタクは、乾坤圏を構えたまま、さらに不機嫌な表情になる。


を楯にするのは不本意だけど…ナタク、これならキミも攻撃できまいっ!!」
「太乙…親の威厳はどーしたの…」
「今はあいにく宝貝をひとつも持って無くてね……」


宝貝作りの匠も、自慢の宝貝が無ければ全身武器の宝貝人間・ナタクに敵うはずもなく、の後ろに引っ込んでいる。
は一応煽鉾華の花びらを閉じ、鉾型に変形させて自身の前に構えているが、ナタクは「チッ」と舌打ちすると構えていた乾坤圏を下ろした。


「この状態で勝っても仕方ない…。! その代わり、近いうちにちゃんとオレと戦え!!」
「えー? …しょーがないなぁ…じゃあ、今度来た時に稽古つけてあげるから、今日は勘弁して?」


ね? と微笑んだに「…フン!!」と吐き捨てると、ナタクは風火輪を発動させて飛び立った。
ナタクが攻撃の届く範囲から居なくなったのを確認すると、太乙はようやく肩の力を抜いた。


「はぁ…助かったよ、。帰ってきて早々悪かったね…。しかも手合わせの約束までさせて…」
「いーよいーよ。きっとコレが無くても、帰ってきたことバレたら押しかけて来ただろーし……あ、じゃあさ、代わりと言っちゃなんだけど、ちょっと頼みごとしてもいい?」
「ああ! 今回は流石に本気で危なかったからね……。とりあえず立ち話もなんだし、洞府に戻ろうか」





「え? じゃあコレは元始のじーちゃんが作った宝貝ってこと?」


金光洞に戻ったは、今日の本題である双輪雪について太乙に尋ねていた。
太乙が作ったものだとばかり思っていたこの宝貝。


「おそらくね…そんなに驚くことかい?」


双輪雪の一つを手に持ち、調べながら答える太乙。
ゴーグルを装着し、本格的に構造を分析している。


「だって〜…あのじーちゃんが宝貝作ってる姿なんて想像つかないもん…。あ、でも、普賢の太極符印って元始のじーちゃんが作ったんだっけ?」
「それに太公望の打神鞭もそうだし、ほかにもたくさんあるじゃないか」
「……そーいえば、そーでした……でもやっぱびっくり…」


心底驚いているに太乙は苦笑するが、が驚くのも無理は無いと思い直す。


――彼女が崑崙に来て早十数年。は幼い頃からこの金光洞に入り浸り、太乙が宝貝を作るのを見てきた。
元々手先が器用で好奇心旺盛なに、多少の修理の仕方も教えた。
の使っている箒型宝貝・煽鉾華は、サイズや出せるパワー、機能の変更を重ね、今や3代目。どれも太乙の作品である。
その上、道徳や天化が使う莫邪の宝剣も太乙作。に一番身近な紫陽洞の宝貝はみんな太乙印なのだ。

つまり彼女の頭には、崑崙の他の仙道よりも、宝貝=太乙、という方程式がくっきりと根付いているのだ――。


太乙は着けていたゴーグルを外すと、眼をキラキラさせながら、その視線をに向ける。


「いやぁ…私もこんな宝貝は初めて見たよ!! もの凄く精密に作られている!!」
「そっかぁ…じゃあ、詳しい使い方は訊いても分かんない? 元始のじーちゃん、『霊気など』とか『治療など』とか、大雑把にしか教えてくれなくて…使い道は色々あるみたいだけど」
「うーん、この宝貝が凄いってことは分かるけど…詳しいことは分解してみれば分かるかも!!」
「…ちょ、ちょっと太乙、それは勘弁して……! まだほとんど使ったことないんだから!」


「(自分で使ってみて探っていくしかないか…。とりあえず怪我の治療はできるし。…太乙に預けたら、分解されて研究されて、いつ手元に返ってくるか分かんないし…)」


見たことの無い宝貝にオタク心がうずうずしている太乙を危険だと判断したは、やんわりと双輪雪を取り戻し、左手に嵌める。
取られた宝貝に太乙が反応する前に…と、はすかさず自分から話を振る。


「太乙も知らない宝貝ってあるんだねぇ…しかも名前が双輪“雪”だし…偶然?」
「いや…その宝貝、もし元始天尊さまが作ったんなら、原案はの絵だと思うよ。あの頃あった会議の時にみんなに見せたからね〜、あの巻物」
「え、いつの間に!? …ってか何もあんな幼児のらくがき、会議に持ってかなくても……。 あぅぅ…恥ずかし〜……何だ、知ってたのか…元始のじーちゃん…


机に突っ伏してごろごろするの頭を、太乙は楽しそうに撫でる。


は私だけの娘じゃないからね…あんまり独り占めしてたら怒られるから」
「…やっぱみんなって親バカというか、過保護とゆーか…あーでも、これで少しは謎が解けたかも?」
「謎?」
「また元始のじーちゃんが何か企んでるのかと思っただけ。違ったみたい…」


怪訝な顔をする太乙に、は笑って「いーのいーの。何でもなかったから気にしないで」と言うと、それより、と話を変える。
腰に付けた鞄から、これまた太乙作である細長い巾着袋を出し、口を開ける。
入れ物は20センチ程度なのに、その中から出てきたのは、の身長ほどの長さのある箒型宝貝。
見た目はここまで乗ってきた煽鉾華とほとんど同じだが、こちらのほうが少し短く、柄の先の方にスイッチのような物がついている。

それを太乙の目の前に置くと、元始天尊の言うところの“無自覚のあの笑顔”で正面から太乙を見る。


「さっき言ってたお願い、してもいい??」





「じゃーお願いね!!」


なんかいっぱい頼んじゃったけど、と申し訳なさそうに付け加えるに、太乙はむしろ嬉しそうに頷く。


「暫く時間はかかると思うけど、気長に待っててよ。2代目のメンテが先なんだね?」
「うん! だいぶ使ってなかったからね…。それが終わったら例のやつ、宜しくっ!」
「はいはい。…次はどこに行くんだい?」
「雲ちゃんのとこ。なんかお使いでもある?」
「今日は無いかな。じゃあ、気をつけるんだよ?」


最後の一言だけ真顔で言う太乙に「心配性……」と呟くと、は煽鉾華に腰掛ける。
発動させて宙に浮かび、柄の先を終南山の方向に向かせると、振り返って太乙に声を掛ける。


「ナタクとの約束もあるし、近いうちにまた来るね〜!」
! 変な薬貰うんじゃないよ〜!!」
「分かってる〜! じゃーね!!」


飛び立ったを暫く見つめていた太乙だが、そのうち足取りも軽く洞府へと戻っていった。




<第4話・終>


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