「うわーっ、久々だなぁ〜! 懐かしー!!」
「ここは先程も通ったではないか」
「え、そーだっけ? …さっきは飛ぶの速すぎて、景色は良く分かんなかったから」








第2話
 ―空中散歩と回想。








元始天尊への報告も終わったので、先程とは打って変わってゆっくりと空中散歩を楽しむ
3ヶ月振りの仙人界の空気を味わうかのように大きく深呼吸すると、頭上の宛雛を見上げる。


「ねー宛ちゃん、今回の『超重要任務』って、ホントに重要だったと思う?」

先程の元始とのやり取りを見て、いつかこの質問が来るであろう事が分かっていた宛雛。
その上、彼もまたと同じ疑問を抱いていた。


「いや…西岐の視察など、元始の千里眼をもってすれば必要ない気もするな」
「でしょ〜? 元始のじーちゃんは『実際にその目で見てみんと分からん事もあろーが!!』とか何とか言ってたけどさぁ…」


絶対また何か企んでるんだろうな、と独りごちると、宛雛も頷く。
暫く考えた後、どうせ情報が少なすぎて考えても分からない、と思ったは、今はこの話題を打ち切ることにした。


「…まーいっか!! よーやく無事に終わったことだし!」
「主様はいつもそれだな…」
「いーじゃない。プラス思考は大切よ?」


苦笑いする宛雛に笑って答えると、は左手に嵌めた新しい宝貝に目をやった。


「それより…新しい宝貝だよ!! まさか私がこーいうやつ貰えるとは…明らかに戦闘用じゃないよね、これ」
「確かに主様は防御タイプではないからな…ああいう師匠であるし」
「くすっ、まぁね…でも…」


満更でもない、といった表情で、は何度も両手を天に向かって伸ばしたり、角度を変えて宝石に光を反射させたりする。
少し力を籠めてみると、青白い光を放ち、心地よい冷たさがはっきりしてくる。
発動している双輪雪を眺めていると、先程の元始の言葉が頭をよぎった。


「…そーいえば、怪我の治療できるって言ってたよね…?」


は試しに、右手にある軽い擦り傷に、光を放つ二つの双輪雪を近づけてみる。
その光と冷たさが傷に吸い込まれるような感覚を覚えた、次の瞬間。

――擦り傷は綺麗にの腕から消えていた。


「……すっご〜〜〜い!! 消えたっっ!! 見て宛ちゃんっ、傷が綺麗になくなった!! 凄いよ双輪雪!!
…そーりんせつ…双輪…雪? …そーいえば………これって偶然かなぁ? …でも嬉しい〜!! ありがとう元始のじーちゃんっ!!」


初めて使う宝貝の効果にはしゃぐ
キャーキャー言いながら両手をバンザイの状態にしたうえ、足をバタバタさせて風を切っている。
空中であるにも関わらず不安定な体勢になるに、宛雛は「主様、頼むから落ちるなよ……」と心配そうに声を掛ける。
自分の主が「大丈夫だってば」と言いながらも、大人しく左右の布を握ったのを確認すると、宛雛は再び口を開く。


「…それほど珍しい宝貝なのか?」
「え? それは分かんない…後で太乙に聞いてみよっかな…って宛ちゃん! 私は珍しくて喜んでるんじゃなくて! 名前だよ名前!! …あ、もちろん能力もだけどね」
「名前…?」


どうして宝貝の名前でそれほどまでに喜ぶのか、と言わんばかりの反応に、は小首を傾げて宛雛を見上げる。


「…あれ、前に話さなかったっけ? 私の小さい頃の夢」
「夢?」
「そう! 夢の『雪月華』!」
「…!! あぁ…」


――の小さい頃の夢。
話は今から十数年前まで遡る…。










その日、太乙真人に呼ばれた幼いは、白鶴に運んでもらって金光洞に遊びに来ていた。
はお茶とお菓子を貰い、宝貝を作っている太乙の傍で、貰った巻物に大人しくお絵描きをしていた。
太乙は一通り作業が終わると自分のお茶を淹れ、の正面の席に腰を下ろすと、彼女を呼んだ理由を話し始めた。


、元始天尊さまが、の誕生日に宝貝をあげてもよいと仰ってくださったよ」
うそ!? ほんとに??」
「うん。仙人界に来てたった一年で宝貝を貰えるなんて凄いことだよ! ちゃんと子供用に作るけどね」
「うわぁ〜、やったぁ!! たいいつがつくってくれるの!?」


陽だまりのような笑顔を浮かべるに、思わず太乙の表情も緩む。


「そうだよ。どんな宝貝が欲しい?」
「こんなの!!」


そう言うとは太乙のほうに勢いよく体を乗り出す。
その小さな両手には、さっきまで彼女がお絵描きをしていた巻物がしっかりと握られている。
巻物を受け取った太乙の目に入ったのは、彼女の描いた宝貝の絵。


「どれどれ……へぇ、これ、全部が考えたのかい?」
「うん! まずこれ! チューリップみたいでしょ〜? これでね、そらとぶの! それにね…」


熱心に説明する。宝貝の話なので、聞く側の太乙もいつもより真剣な表情。
しょっちゅう自分のもとに出入りしているからだろうか。実際に作ってみたくなるほど良く考えられた宝貝が三つ。
しかも独立して使うのではなく、三つ組み合わせて様々な形態で使うものだという。

――太乙は四歳児の想像力に感嘆していた。


「…そうか〜。すごいじゃないか!! さすが私のっ!!」
「えへへ〜。つくってくれる?」


目をキラキラさせながら限界まで太乙の方に体を乗り出し、今にも椅子の上に立ち上がりそうな
太乙はそんなの頭を優しく撫で、落ち着かせてから答える。


「さすがに一度に全部は無理だなぁ。もやっと四歳だからね。今回は…そうだなぁ、この箒みたいなのを作ってあげるよ。残りはいっぱい修行して、力がついてからね」
やった――!! ありがと〜たいいつ!!」










「…その時描いたの、煽鉾華以外はどんな宝貝だったかもう覚えてないんだけど…三つ合わせて使うときの名前が『雪月華』だったんだ。
だから、その名前をもつ宝貝を手に入れて、組み合わせて、雪月華を完成させるのが夢…っていうより目標かな? 今は。…もうすぐ手が届きそうだから」


は昔を懐かしみながら、夢の宝貝を掴もうとするかのように、再び天に向かって両手を伸ばす。


「確かに聞いたな…では、それが二つ目か」
「うん。その時貰った煽鉾華に、今回予想外に貰えた双輪雪。偶然“雪”の名を持つ宝貝でしょ? だからあと“月”の宝貝が揃えば『雪月華』の完成だよ〜!!
…ってか私、もしかして元始のじーちゃんに話したっけ? 『煽鉾華と上手く組み合わせて』とか言ってたけど…。それともコレ太乙が作ったのかな? …じゃあ何でじーちゃん直々に渡してきたんだろ…??」


ぶつぶつ呟きながら再び考え込んでしまったに、宛雛が苦笑しつつを見下ろし声を掛ける。


「元始の理解できない行動は今に始まったことではないさ」
「…確かに。…まぁいっか!! “雪”の名を持つ宝貝だし、何よりすっごい便利だし!」
「そうだな。“術”を使わずに傷が治せるとは…」


宛雛は一度視線を上げ、前方を確認する。
その視線の先には、名のある仙人が貰える大きな『山』が一つと、それを取り囲むように浮かんでいる無数の浮岩。


「…主様、見えてきたぞ」
「あ、ホント!! …たった3ヶ月振りなのにすごい懐かしいや……あ、宛ちゃん! 見てあそこ!!」


の指差す浮岩には、彼女の師匠と弟弟子が修行している姿。
こちらには二人ともまだ気付いていないようだ。


「…ちょっと驚かそっかな」


にやっ、と悪戯っ子の笑顔を浮かべ、自分を見上げる主と目が合った宛雛。
嫌な予感を感じつつも主の思惑を汲み取り、さらに上空へと昇り始めた。




<第2話・終>


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