――おかしーなぁ…。
一体いつから私のトコは、駆け込み寺になったんだろ?
修行終える時間だって、休みの日だって、めちゃめちゃ不定期なのに。
休憩場所も、散歩コースも、日によって全然違うのに。
…何故だか、あの子達には分かってしまうらしい。
ある意味才能だと思うよ、それ。
…まぁ、頼ってくれるのは嬉しいけどね!
――ほら今日も、近付いて来るお馴染みの気配。
my friend
―の場合
ピーンポ―――ン……
「はいはーい、開いてるよー!」
紫陽洞では珍しいことに、本日は丸一日完全オフ。
コーチは黄竜兄と慈航兄に誘われて出かけたし、天化は莫邪のメンテで太乙の所。
滅多に無い一人の時間を持て余してたら、やってきた突然の訪問者。
…気配で相手は分かるんだけど、この時間帯…?
しかも、普段はチャイムも鳴らさないのに。
その上、開いてるって言ってんのに入って来ない。
「……?」
何か、おかしい。
お茶の用意をしていた手を止め、気配を探る。
洞府のドアの前に居るそれは、普段のエネルギーの塊の様な気配とは程遠い。
「…何かあったのかな?」
余りにいつもと違う上、未だ入ってくる気配が無いから、玄関まで迎えに行ってみる。
扉を開けて最初に目に入ったのは、しゅんとして俯く友人だった。
「……どーした…?」
遠慮がちに声を掛ければ、ゆるゆると上がる若草色の頭。
普段は綺麗に結われているお団子頭も、どこか緩く乱れていて。
凛とした勝気な光を宿しているはずの黄色い瞳は、焦点が合っているかも定かではない。
…その瞳が漸く私を捉えた瞬間、友人は思わぬ速さでその両腕を動かした。
「藍李――……」
「わ、ちょっ、どしたの………!!」
――掴まれた両肩に少しだけ痛みを感じつつ、私はガラにも無く崩れ落ちた、その友人の名前を呼んだ。
「はー……やっぱ落ち着くわー、ここ。…ライが『避難所』って言う気持ちも分かるわ…」
「…避難所ですか」
…こんな時でもおやつのクッキー持参の彼女は、ある意味凄いと思う。
有り難く頂いたソレをお茶請けに、静かな洞府で二人でお茶会。
「だって、ここなら妙な実験やら爆発やら…実験やら雷やら…実験やら謎の物体Xやら……うん。そーいうのとは無縁でしょ?」
「ドアが粉々になったことは何度もあるけどね…。しかも実験やたら多いし」
「細かいことは気にしなさんな」
は望ちゃんや普賢と同期の仙女で、ライ…雷震子の姉弟子。
つまりそれは、崑崙でも有名なスプーキー・雲中子の弟子、ということで。
…あの洞府が日夜問わず騒がしい、ってのは、確かに周知の事実。
「うちも割と騒がしい方の部類に入ると思うけど? 完全に体育会系だし」
「そりゃーだって、普賢とか公主様とか、そこまでの落ち着きは求めてないもの。適度だから良いのよ、ここは」
「ま、居心地はいいと思うけどね、私も」
「でしょ? それに引き換えうちの洞府は…!!」
最初の弱々しさはどこへやら、どんどん饒舌になる。
お皿の上のクッキーも、一度殆ど無くなったかと思えば、いつの間にか再び山盛りになっている。
それを、溜まった鬱憤を晴らすかのように、がんがん胃に押し込んでいく。
…あれ? 私が瞬きしてる間に足したんですか、さーん…。
「師匠が悪いのは言うまでも無いけどね、ライもライなのよ! 止めても被害は増えてんのよ!!」
「うーん、否定はできないね…」
「…まぁでもライも被害者だしね。諸悪の根源はあのバカ師匠よ…!! もう、毎日毎日…」
「でも、もう仙人の免許持ってるじゃん。やっぱ何だかんだ言ってあそこが良いから独立しないんじゃないの?」
…確か、普賢と同じ時期に免許取ったって言ってたはずだし。
またいつの間にか大きくなっているクッキーの山に手を伸ばしつつ、言ってみる。
でもはその質問に、大きな溜息をひとつ。
「藍李…考えてもみなさい。私が出てったら、あの洞府、どうなると思う!?」
「……雷震子が今まで以上に可哀想な事になるね、きっと」
「そうよ! 可愛い弟弟子を見捨てて、私だけ逃げるなんてできないわ!!」
…ま、の場合、理由はそれだけじゃないって知ってるけど。
はそんな私の考えを知るはずも無く、一息つくと鞄をごそごそ探り出す。
ちらっと見えた中身は、殆ど全部が飲食物。
…あー、そこから補充してたのね。
また大量に出てきそうなお茶請けに対して、紅茶の方はそろそろ売り切れ。
会話は続けつつ、私はティーポット片手にキッチンへ向かう。
「はぁ…今ですら、二人掛かりでも抑えられて無いんだから…」
少し、声の調子が下がった。
きゅぽんっ、どばどば…という音をBGMに、はまた大きな溜息をひとつ。
…あれ? 飲み物まで持参だったんだ…。
「……ったく、中でも今日は酷かったのよ!!」
ごくっ、ごくっ…と、威勢の良い一気飲みの音が聞こえたかと思うと、声の調子は再び上がる。
不安定なに少し不安を覚えつつ、淹れ終わった紅茶を持って、リビングに戻る。
「…雲ちゃん、何したの…?」
「午前中だけでー!! 爆発回数二桁っ!!」
「あちゃー………」
の怒りのボルテージが上がっていくのを感じつつ、隣に腰掛ける。
そこで感じた、さっきまでなかった匂い。
「……お酒臭い…??」
「ん? 何か言った藍李?」
一升瓶を片手に、はきょとんとした顔を向ける。
……一升瓶?
「ああぁあぁぁああ!!! ちょっ、!!」
「むー??」
「『むー??』じゃない!! 可愛く首傾げても駄目!!」
「えぇー? いーじゃん別にぃー! 飲まなきゃやってらんにゃいってのー!!」
「既に呂律回ってないし!!」
「…あ、酒切れた」
「嘘ぉぉぉ!? 一升瓶一気飲み!!?」
ヤバい…!! これはヤバい!!
まさか目を放した隙に…!! ってか、酒まで持ってきてたの!!?
……このヒトは、崑崙で一番って言えるくらい、酒飲ませると厄介なのに…!!!
「でねー、ししょーってばねー、昨日の夜から、ず―――っと、引きこもっててー」
「…うん」
「朝ごはんも、食べに来なくてー」
「…うん」
「呼んでも、ぜーんぜん、反応…してくれなくてねー」
「…うん」
…は、完全に酔っ払ってしまったらしい。
目をとろんとさせ、机の上にだらだらと上半身を伏せ、ぐだぐだな口調で師匠の愚痴を零す。
私はなるべくを刺激しないよう、上手く話に相槌を打つのに、全神経を注いでいる。
「そりゃーさぁ、引きこもるのはー、いつものことだけどー…」
「…うん」
「それでも、いつもは、私が作ったご飯はー、ちゃんと出てきて食べてくれるのにー…」
「…うん」
「今日は、昼、ごはんの…時も………!!」
バチバチ!!
「…っ!!」
「……でて、こなくってねー…」
「………う、うん…」
…あ、焦った…!! 今のは結構危なかった……。
――には、特異体質がある。
自分の霊気を、電気エネルギーに変えることができる…らしい。
私も良く分からないけど、雷震子が宝貝使ってやるのを、自分の霊気だけで出来ちゃう感じ、って、雲ちゃんが言ってた。
昔は、感情が高ぶるとすぐに放電しちゃって大変だったらしい。
でも、今のは立派な仙女。普段はきちんとコントロールしていて、必要があれば上手に活用している。
…酔っ払ってる時以外、は。
酒に酔うと霊気が乱れて、コントロールできないらしい。
だから、感情の振れ幅と比例して、の周りには電気が走る。
その上、の酔い方は、絡んだり暴れたりする側の部類に入る…。
…下手すれば、命の危険もある。
これは、大袈裟な表現でも何でもない。
至って本気で。
の霊力は、元々ハンパ無いし……。
あーもう!! コーチでも天化でもいいから、早く帰ってきて―――!!!
「…昼ごはん、私が作ったのになぁ……。栄養とか、ちゃんと考えて…」
「…!」
…焦って凍り付いてる私の耳に、切なげな声が届いた。
は小さく嘆息すると、またボソボソと言葉を続ける。
「あーもう、バカみたいだよぉ……。せっかく頑張ったのにさー、空回りー…」
「……」
今にも泣き出しそうな声に、私は思わずに一歩近付く。
擦って宥めようと思って、震える背中にそっと手を伸ばす。
バチバチバチバチ!!!!
「…っ痛!」
…さっきとは比にならない電流が、から放出される。
しかも今度は一時的なものではなく、バチバチと嫌な音を立てながら、を取り巻き続けている。
「…どーせ、ししょーにとっちゃ、私より…実験の方が大事なんでしょー…」
「ちょっ、!!」
…流石に、これはマズい。
こんな高圧電流流しっぱなしじゃ、霊気の使いすぎでが倒れる。
それでも、その電流のお陰で、には近付く事すら儘ならない。
「ど、どーしよ……!! !!」
「ししょーの、ば――か……」
「………誰が、バカだって?」
「!?」
ぱちっ!!
――を取り巻く電流が、一瞬で消え去った。
突然の出来事に目を見開く私の目の前には、左手首を掴まれていると、白衣の人物。
「し…しょう?」
「…雲ちゃん!?」
「…やぁ、藍李」
白衣の人物――雲ちゃんは、飄々とした表情を崩さず、の左手を解放すると、のろのろと私に近付く。
「うちの弟子が迷惑かけたねぇ…大丈夫かい? 見せてごらん」
「え、うん、まぁ、大丈夫…ちょっと赤くなってるだけ」
「…うん。これなら、この薬ですぐ治るさ。悪かったね」
の電流に当てられた私の手をざっと診ると、雲ちゃんは塗り薬をひとつ、手渡してくれた。
その後ろでは、が、自分の左腕をまじまじと見つめてる。
それから急に立ち上がって、雲ちゃんに駆け寄る。
「し、師匠…!! これ……!!」
「あぁ、だいぶ前から言ってたやつが、昨日届いた部品のお陰で、さっきやっと出来上がったんだよ」
にいっ、と笑う雲ちゃんと、みるみる顔を赤くして、瞳に涙を溜める。
その行動の理由は、の左手首で綺麗に光ってるモノを見て、分かった。
「霊気制御用のブレスレット。君専用の、特別仕様だよ? …全く、誰が、より実験の方が大事だって?」
「…!! そ…んなトコから、聞いてたの…!?」
流石に力を使いすぎたのか、緊張が解けたのか、はたまた未だ酔いが残ってるのか。
はがくっと膝を付いて、ほけっとした顔で雲ちゃんを見上げる。
そんなを見て、雲ちゃんは苦笑した。
「全く、この子は……。そんなんじゃ、独立なんて当分出来ないねぇ…」
「し、しないから!! 私が居なきゃ駄目になるでしょ! あの洞府は!!」
「はいはい。私と雷震子じゃ、栄養バランスまで考えて食事作ったりしないしねぇ…」
「なっ……!!!」
完全に読まれてたことに気付いて、の顔は茹で蛸状態。
雲ちゃんは腰が抜けて立てないをひょいっと担ぎ上げ、私のほうに向き直った。
「ちょっ、師匠!! もう少しマシな運び方無いの!?」
「運んでもらう人がごちゃごちゃ言うんじゃないよ、。…じゃあ藍李、迷惑かけたねぇ。この子は責任もって持って帰るよ」
「……はいはい。またね、雲ちゃん、」
苦笑して言う私にひらひらと手を振ると、雲ちゃんはそのまま、うちの洞府を後にした。
「ちょっと師匠!師匠ー!! う……う、う、雲中子!! せめておんぶとかにして…」
「あーはいはい。良く出来ました。じゃあ横抱きで勘弁してあげるよ」
「なっ…!! どーしてそーなるのよ!!?」
「あーうるさいうるさい…」
…あのバカップルの会話は暫く筒抜けだったけど、続きは帰ってやってよね、って言葉は、心の中だけに留めといた。
後が怖いし。
――因みに、それから三十分後、今度は雷震子がうちの洞府に『避難』してきた、ってのは、また別の話。
<end>
★あとがき