「…お祭り?」
「あぁ! 明日、西岐で一番デカい祭りがあんだよ! どーせ皆出かけちまって店に来る客も少ないだろーし、明日はちゃんも仕事休みにして一緒に行かねぇ?」
「えっと……ねぇ発っちゃん、ひとつ聞いてもいい…??」
「ん? どした?」
「…おまつり、って……何?」
「……はぁぁ!??」
君色夏祭り。
…西岐の夏は、暑い。
元々活気のあるこの国に夏の暑さが加わると、もうどうしようもない程暑くなる。
それでも民は皆生き生きと働き、少しでも涼しくなれるような行事を色々と企画・実行している。
数あるそれらの行事の中で最も大きなものが、明日に控えた豊邑祭。
…密かに前々から準備にも関わっていた姫発は、満を持してを誘いに来たのだが。
「ちゃん、祭り行ったこと無ぇの!? つーか……知らねぇの!?」
「…んー、多分?」
「多分? って…」
思わぬ展開に大きく嘆息しかけた姫発だが、ふと思い当たるところがあって、そのままその溜息を飲み込んだ。
…初めて会ったときから、はどうも『ズレている』ところがあった。
一般常識が無い、という訳ではない。
薬屋を経営している上でも、問題が起きたなんて話は聞いた事がない。
それに、彼女は行商人。西岐の風習などを知らないのは、仕方のない事だろう。
しかし、それとは違うところで違和感があった。
姫発が知っているような、いわゆる『普通の民たち』とは何かが違った。
…西岐にやって来たとき、『街』に慣れていなかった。
ここらの年頃の少女ほど着飾っていなかった。
お金も殆ど持っていなかった。
本当に自分と同世代なのか、と思うほど、良く働く。
それなりに稼いでいるはずなのに、余りお金は使わない。
肉や魚を食べられない。
それ以前に、物を食べる量が少ない…。
黙りこくってぐるぐると考えを巡らす姫発。
当の本人であるは、静かに姫発を見つめている。
「(ここに来る前…相当キッツい生活してたのかもなぁ…。未だにそれが抜けてないのか!?)」
「(うわぁ…発っちゃんのこんな暗い顔見るの初めて…。『お祭り』知らないのってそんなヤバいの!?)」
…姫発の考えを、は知る由も無い。
しかし、もし姫発がその『違和感』をに問うても、彼女はその答えを――実は自分は仙人界から派遣された道士である、という事を――告げることは、許されてはいないのだが。
…仙道が人間界に慣れていないのは当たり前。
一応修行の身なので、そこまで華美な格好はしていない。
人間界の通貨も、元始天尊が持たせてくれた最低限の分しか持っていなかった。
そのぶん働かなくてはいけないけど、3ヶ月で仙人界に戻るので、荷物はそこまで増やせない。
溜まったお金は、封神計画が始まって、再び人間界に降り立つ時の為に貯金することにしている。
仙道は肉や魚は食べない。
燃費がいいから、食べ物自体そんなに要らない…。
その事実を知らない姫発は、自分の想定しうる最悪のケースを想定し、顔色は既に青白くなっていた。
そんな姫発を心配して、は彼の顔を覗き込む。
「…発っちゃん、顔色悪いよ? 大丈夫??」
「…ちゃんっ!!」
「!?」
姫発は突然、がしっ、との両肩を掴む。
軽く見開かれたの眼に映った姫発は、うっすらと涙目になっていた。
「悪ぃ、今まで気付かなくて…! 決めた! ちゃん、明日は俺の奢りだ!! 夏祭りってモノが何なのか、しっかり教えてやるぜ!!」
「…えぇぇ!? 借金王の発っちゃんが…奢り!? ど…どしたの急に!?」
の当然の疑問にも、姫発はふるふると弱々しく首を横に振るだけ。
「いや、何も聞くなっ! 俺も聞かねぇから!! 稼いだ金はたまには自分の為に使えよ!? とにかく明日は祭りな! 浴衣持ってるか?」
「あ、ユカタね! ユカタは知ってるけど、持って来たかなぁ…って、発っちゃん!?」
うーん、と呟きながら思い出そうとしている。
姫発はそんなの腕を掴み、半ば無理やり外へと連れ出した。
「いよっし! こうなったら浴衣も今から見に行くぜ!」
「えぇえぇぇえ!!? ちょ、ちょっと発っちゃんっ!?」
…完全にスイッチが入ってしまった姫発は、もう誰にも止められない。
は何が何だか分からないまま、町の中心部へと引きずられていった。
「浴衣、下駄、巾着も要るだろ? 簪も欲しいな! 当日は…焼きそば、たこ焼き、林檎飴、金魚掬い……あ、最後は花火もあるんだぜ!」
「…わ、何か良くわかんないけど凄い楽しそうだね!! …でも発っちゃん、私自分で…」
「いーからたまには人の好意に甘えとけよ!」
「でも発っちゃん、借金王なのにー…!!」
「気にすんな! 明日楽しんでくれりゃーいいから!!」
…仙人界に『祭り』が持ち込まれたのは、それから数ヵ月後の事だという……。
<end>
★あとがき