――おかしーなぁ…。


一体いつから私のトコは、駆け込み寺になったんだろ?

修行終える時間だって、休みの日だって、めちゃめちゃ不定期なのに。
休憩場所も、散歩コースも、日によって全然違うのに。

…何故だか、あの子達には分かってしまうらしい。
ある意味才能だと思うよ、それ。


…まぁ、頼ってくれるのは嬉しいけどね!




――ほら今日も、近付いて来るお馴染みの気配。




my friend
   の場合








「…藍李、外」
「んー、分かってる…」


――最初に感じたのは、微かな気配。
次に、ぱたぱたという小さな音が聞こえてきて。


「お茶でも淹れとくさ?」
「…んーん、いーよ……昨日も襲撃されたばっかだし」
「し、襲撃……」
「…あのヒトの場合、洒落になんねーさ…」
「んー…洒落じゃないからね…」


ぱたぱたなんて可愛らしい表現じゃ、言い表せない程になり。
益々大きくなって、凄い速さで、ここに向かっている。


……あーあー、今日はまた一段とご立腹のようね…。


「コーチ、天化。…明日は一日、楽しい日曜大工になりそうよ……」
「「やっぱり……」」




バタ―――ンッッ!!


「藍李っっ!!!」


ガラガラガラ……


「聞いてよ藍李!! もー楊ゼンってば酷いのよ!!?」


「……これで何度目だっけ? ドア全壊ー…」
「全壊というか、崩壊というか…」
「確か5回目さ」


訪問と同時にヒトんちのドアを粉々にしても、冷静に迎えられる、一人の可愛らしい少女。

…うん。見た目は、『可愛らしい少女』、ね。
単純計算でも、私の10倍は生きてるし。


「ちょっ…藍李っ! 道徳さま! 天化くん! 私は毎回本気なんですけど!?


ばこっ!!


そう、見た目は、『可愛らしい』、ね…。
「人は見かけによらない」って諺は、このコの為にあるんじゃないか。

…最近、本気でそう思う。


私より薄い藍色のウエーブヘアーを持つ、小柄で童顔、小動物系の少女。
くりっとした大きな目には零れんばかりの涙を湛え、握り締めた拳はワナワナと震えている。
そんな可愛らしい外見とは裏腹に、今もドアの真横の壁に拳一撃で風穴を開ける怪力娘で。

…紫陽洞の本日の主役、ってとこかな…。


「………」


――毎度毎度の事ながら、私は大きく嘆息して、その友人の名前を呟いた。









「…そろそろ落ち着いたかい、?」
「はい…すみません、道徳さま…」
「…さん、紅茶のお代わりいるさ?」
「あ、有難う天化くん。お願いするわ」


丁度まったりティータイムだったこともあって、は一旦座席に強制連行。
このコもお茶は好きだから、お茶とお茶菓子を差し出せば、あっという間に大人しくなった。

…そして、只今4杯目を注いで貰ってたり。


「…で、どーしたの、今日は」
「よくぞ聞いてくれたわ、藍李…!!」


4杯目の紅茶を飲み干してから、はコップを机に置いた。
しっかりと私に固定されている瞳の奥には、いつも以上の炎が宿ってて……ハッキリ言って、怖い。


「楊ゼンってば、またデートの約束破ったのよ…!!」
「破ったってか、キャンセルせざるを得なくなっちゃったんでしょー、また」


と楊ゼンは付き合ってる。
いっつも一緒で仲良しで、崑崙では有名な組み合わせ。

でも楊ゼン、最近良く元始のじーちゃんに呼び出されてるからねー…、仕事で。


そうだけど!! もうこれで5回目なのよ!?」


バンッ!!


…あーあー、今度はテーブルにクレーターが出来ちゃった…。


「5回…うちのドア破壊回数と一緒さね……」
「て、天化…命が惜しけりゃ言うんじゃない……」



一応抑えてはいるけど滲み出てきた、の怒りのオーラに、コーチと天化が一歩後退した。
…一見怖いもの無しの二人だけど、流石にコレには弱いんだよね…。

――早いところ連れ出さないと、今度はうちの洞府自体が崩壊しちゃうわ…。


、あの…」
「……分かってる。分かってるのよ…。楊ゼンは優秀だから、仕事のお呼びが引っ切り無しに掛かるのは仕方ないって」


力で発散して少しすっきりしたのか、今度は目に見えるほど大人しくなった
続きがあるみたいだから、口を噤んで視線で先を促す。


「…でもね、最近ホントに会う暇すら無くて。だから……不安…に、なっちゃって、さ…。もしかしたら、ホントは、仕事ってのは…断る口実だったりしないかな、って」
……」


…そんなこと、あるワケ無いのに。

は甘え下手で相手のコト考えすぎるから、笑顔で『大丈夫だよ』って見送ったんだろうけど。
楊ゼンは楊ゼンで、今頃絶対仕事なんて上の空で、『悪かったなぁ…』って、の事ばっか考えて自分責めてそうだし。


…仕方ないなぁ、もう。
大事な友達の為に、藍李さんが一肌脱いであげよう!


「……分かった! とりあえず、ちょっと外付き合って?」
「え?」
「いーからいーから。コーチ、天化、ちょっと行って来るからねー!」
「「おー……行ってらっしゃい…」」


――次に会った時に、二人とも、変にギクシャクせずに会話できる、小さなキッカケを作りに。








「で、藍李。何で外出たの?」
「んー、多分、時間的に丁度いいと思ってさ」
「え??」


を外に連れ出した私は、丁度玉虚宮と紫陽洞の中間あたりまでやってきた。
適度な広さの浮岩で止まって、漸く本題説明。

…の、前に。


「…ねぇ、行こうと思えば自分から会いに行けたんじゃないの?」
「うっ……ま、まぁ、そうだけど…」


唐突に出した話でも、思い当たる所はあるらしい。
思いっきり図星、って顔してる

…ってことは、この後も大体予想通りってことかな。


「私にはあーやって言えるけど、忙しい楊ゼンのトコ押しかけたり我侭言ったり…は無いんでしょー?」
「う……うん…」
「『大丈夫よ、また今度にしよう? お仕事頑張ってきて!』とか送り出してるんでしょー?」
「な…んで分かるの…」
「ってことは、楊ゼン酷い! とか言えないよね?」
「…だってぇ……」


そう言ったら、はとたんにしゅんと項垂れて半泣き状態。
…ちょっと厳しい事言っちゃったから、こんどはフォロー入れなきゃね。


「…べつに責めてないよ。ただ、寂しかっただけなんでしょ? は」
「………あ」
「あ、って……やっぱ気付いてなかったか


状況の把握はできたけど、思いのほかのビョーキは重症だった。
やっぱちょっと荒療治になるけど、には内容伝えないままで、計画実行といきますか…!


「……! 楊ゼン問題は一回置いといて、ちょっと手合わせしてくれない? 久々だし!!」
「え? 何よいきな…」
いーからいーから! どうせちょっと時間潰さなきゃなのよ。お願い!」
「えー…そーなの…?」
「そうなの! おーねーがーいー!」


唐突に変わった話に戸惑ってる
それでも何とか頼み込めば、ノーとは言えないのがこの子の性格。


「…分かったよ。やるやる!」
「やった! ありがと!!」
「手加減してよ? 藍李ってば、もうとっくに私よりだいぶ強くなっちゃってるんだから」
「りょーかい!」


しつこいお願いに折れたは、自分の宝貝をしぶしぶ取り出す。
手甲っぽい外見のソレは、やっぱり慈航兄の弟子ってとこだ。

…ひとまず、第一段階は成功!
ここからが、私にとってはホントの頑張りどころなんだけど。


「じゃ、お願いしまーす!」
「お手柔らかに、頼むわよ?」
「ん!」


…上手く『加減』して、やらなきゃね!








「はあっ!!」
「!」
「…覇っっ!」
「…っ! ってば、何が手加減よ……!!


――本格的に手合わせを始めて、15分経過。
流石洞府のドアを粉々に破壊するだけあって、手加減してたら危ないような攻撃を繰り出しまくる


の宝貝は、慈航兄の宝貝が両手用になって、能力を火から風にしたような感じ。
望ちゃんの攻撃を、範囲を狭く、密度を大きくしたようなものだから、当たったらダメージは相当なもの。
その証拠に、私が避けた軌道に沿って、岩やら何やらが綺麗さっぱりなくなっている…。


「…ストレス溜まってんのかな…」
「こら藍李、油断禁物!! …疾ッ!!
「うわ!」


気の塊のような攻撃に、思わず大きく跳んで避ける。
着地予想地点から見て、間合いは十分。


の攻撃は『溜め』が割と長めだから、大技の後には隙ができる。

…今、やるしかない、か。


「…さてっ、行くよ!!」
「!!?」


着地と同時に煽鉾華をしっかりと握りなおし、目掛けて一直線。

――狙うは、足!!


「…ごめんねっ!!」
「っ!!」


構えるの懐に飛び込み、煽鉾華で右足に足払いを掛ける。
バランスを崩したは、そのまま倒れ――




バウンッッ!!




「!!」
「油断禁物、って、言ったでしょ!」
「……ちょっ、、危な――」

「え…?」


――予定が、狂った。

に足払いを掛けて、が転んで、そのまま終わるはずだったのに。
まさか最後の最後に、足払いを掛けたのと同時に、風の塊を撃ってくるなんて。


私が反射的に弾いたその風は、スローモーションのように体制を崩すに対して、正面から吹いていく。
物凄い威力をもったソレは、を後方に弾き飛ばすのには十分すぎた。


…考えなくても大丈夫だろう、と思っていた、浮岩の端――断崖絶壁まで、飛ばすのに。


「っ……!! っっ!!」
「…!!」

あれだけの威力。私たちの距離は、だいぶ広がってしまっていた。
それでも、崖に向かって、吸い込まれるように飛ばされていく目掛けて、走る。


…お願い、落ちる前に間に合って――!!!


「掴まって!!」
「…藍李!」


もう体半分落ちかけているに向かって、手を伸ばす。
地を蹴って、跳んで、力の限り手を伸ばす。




でも。






「――!」
――!!」







どさっ、と、地上に伏せたのは――私だけ。
ここから、の姿は――見えない。

…今からでも遅くない! 煽鉾華で飛んで追いかける!!


――そう、握り締めた右手が、淡く光を放ち始めた時。








「…大丈夫だよ、藍李!! ちゃんと受け止めたから!!」
「…え……?」


…聞こえてきたのは、まさに先程、話題にしていた人の声――。








「よ…よう、ぜん……!! どーして…?」
「姫様のピンチに、王子が助けに行くのは当然だろう?」
「………う、わー…」
「…ちょっと、そこは感動するところだよ?」
「え……あ、ううん、いや、その……」
「あぁほら、落ち着いて…」


そんな声が聞こえてきて、浮岩の端からひょこっと下を覗き込んでみる。
声の主達は、仲良く浮岩の真下に浮かんでいた。


「楊ゼン……た、助かったぁ………」


白い犬に跨った青髪の王子サマ……もとい、楊ゼンが、落下するをしっかり受け止めてくれていた。
その事実をこの目で確認して、漸く胸を撫で下ろせた。


ふいぃ…と安堵の溜息を吐く私を見て、楊ゼンはふと悪戯っ子の笑みを浮かべて。


「…まったく、無茶をするね、藍李?」
「「え?」」


……私との、声がハモった。
たぶん、考えてる事は全然別だけど。


「もしかしてー…私の考えてる事、バレてた?」
「…藍李、僕を誰だと思ってるんだい?」
「もしかしてー…結構前から、居た?」
「当然さ。大きくて危なっかしくて、しかも良く知る気がふたつ、ぶつかり合ってるんだ。この僕が気付かない訳無いだろう?」


フッ…と自信満々の笑みを浮かべて、右手でその長い青髪を梳く楊ゼン。
さっすが天才楊ゼン様。全部お見通しだったって事ね…。


「……じゃーそのまま、シナリオ通りにお願いします」
「言われなくてもそうさせて貰うよ。有難う、藍李。それじゃあまたね!」


訳が分からない、と言わんばかりの表情を浮かべるに何の説明も無く、楊ゼンはを連れ、哮天犬で飛んで行った。
他の人がやれば自己中なその行動も、楊ゼンがやれば違和感無く、しかも紳士的にまで見えるのは不思議だと思う…。





「…ホントはあそこでコケて、『、足怪我してるじゃん!』って騒いで、丁度通りかかった楊ゼンの哮天犬に乗せて――ってする予定だったんだけどな」


誰に言うでもなく、静かになった浮岩で独りごちる。
肉体的にも精神的にも疲れたから、ころん、と地面に転がって、空を見上げながら。


…結果的には、計画は成功。
私の仕事は、ここまで。

後は、本人達次第。


「……でも、結構前から居た、ってことは、ここ通るの、予定よりだいぶ早かったって事だよね…?」


――残った疑問はきっと、が菓子折り持って解消しに来てくれるだろうけど。








――その頃、哮天犬の上では。


「…でもビックリしたよ…。まさかあそこで落ちるとは、自分でも思って無かったわ…」
「全く、相変わらず無茶をするね。も」
「…も、って何よ?」
「ううん、こっちの話だよ。…それにしても、が僕に会えなくてそんなに寂しがってくれたなんて、嬉しいね」
「え?」
「いつもいつも笑顔で送り出してくれるから、時間が取れなくて残念がってるのは僕だけかと思ってたから…」
「そ、そんな事ある訳ないじゃない!!」
「そっか、良かったよ」

「……っ、もう…!!」


余裕綽々で清々しい笑顔を見せる楊ゼンと、思わず赤面する
しかし、その余裕も、すぐにによって崩されることになる。


「…ねぇ楊ゼン?」
「何だい?」
「最初の予定では、あと1時間は玉虚宮で仕事してたはずよね?」
「………そうだったかな?」
「そうよ! …で、そんな楊ゼンが、なんでこんな離れた所に来れたの?」
「…ん?」
「『この僕が気付かない訳無いだろう?』ってことは、あんな離れた玉虚宮に居て、私たちの手合わせの気を感知できたってことよね?」
「…そう、だけど?」
「………それって、仕事、集中できてなかった上に、途中で元始天尊様脅して抜けてきたってことでしょ?」

「………」

「『集中して仕事さっさと終わらせて帰ってくる』とか、出かける前に言ってた気がするんだけど」



「…………」

「ねぇ、楊ゼン?」








「…………まぁ、いいじゃないか、終わった事は。、このまま哮天犬に乗って、久々にどこか出かけよう?」

「…ま、いいけどね」


余裕が無いのはお互い様。
……どうやら、今まで通り、仲良くやれているようです。




<my friend ―の場合・完>




あとがき