同期シリーズ3
「体力増強剤?」
「あぁ、、前にあるなら欲しいって言ってただろう?」
「言った……気もする……?」
「そういう所は相変わらずだねぇ……で、いるのかい?」
「ん、あるなら欲しいかも」










同期設定シリーズ! 3
 ―もしも、と色物三仙が同期だったら?










 やけに長引いた会議が終わって、開放感に大きく背伸びをしつつ歩いて曲がり角に差し掛かる。方向転換して廊下の先に見えた二つの影に声を掛けようとして、開きかけた口を即座に噤んだ。ちょっと待って今嫌な意味で気になる単語が聞こえたよね。思わずぴたりと背中を付けた玉虚宮の石壁はそう冷たくないはずなのに、背筋をひんやりとしたものが伝う。おーい、ちょっとそれはマズい気がするよ? なんだろう、いつも以上に、物凄く嫌な予感がする。
 予感の根拠には記憶を辿ればすぐに出逢えた。そうだ、この前雲中子のラボに届け物した時だ。あいつものっすごい上機嫌で鼻歌なんか歌いながら薬の調合してなかったっけ? あの雲中子が鼻歌! 薬作ってるときに上機嫌なのはまぁ百歩譲っていつもの事だとしても、鼻歌っていうのは嫌な予感しか生み出さない。でも私も自分の命だって惜しいわけで。いや仙人なんだから命の危険なんて早々ないのは分かってるしの命かもしくは他の“何か”が掛かってるかもしれないところでそんな事言ってる場合じゃないのも分かってるんだけどね!? 分かってるんだけどね!!!?

「……どうしたの、太乙?」
「うわぁぁぁあっ!!!? ……な、なんだ、普賢かぁ……驚かせないでくれよ……」

 私の悲鳴によってかと雲中子の会話が一瞬途切れた。が、またすぐに話は再開する。自分の心臓の音がばくばくと煩すぎてあっちの会話がよく聞き取れない。ええい静まれ私の心臓!!
 挙動不審すぎる私に普賢はことりと首を傾げた。視線だけでと雲中子の方を示せば、あぁ、と納得したように頷く。

「、また変な薬でも飲まされそうになってるの?」
「みたいなんだ……止めたいのは山々なんだけど……まぁ、雲中子だって相手ならそう無茶はしないだろうけど……いやでも……」
「しっ、ちょっと待って」

 普賢の手が私の口を押さえる。ぶうん、と宝貝が発動する音が聞こえた直後、たちの声がいくらか大きく聞こえるようになった。太極符印か。

「じゃ、明日には完成するのね?」
「そうだねぇ。夕方には」
「了解〜。楽しみにしとくよ。豊満味なんて滅多に味わえないしね」

 ぱたぱたという軽い足音が二つとも遠ざかっていく。二股の通路で分かれた後もそれは規則的に続き、やがて聞こえなくなった。

 ……だいたいの流れは把握した。普賢と顔を見合わせて頷きあう。

「なるほどね……確かに、危なそうな感じはするね」
「だろう!?」
「分かった、薬の方は僕がなんとかするよ」
「本当かい!? よし、じゃあ私は明日の夕方、を引き止めておくよ!」

 にこっと笑う普賢のその笑顔は、混じりけの無い白とは言い難い。何かしらエグい策でもあるんだろう。普賢も昔に世話になったクチだ。他に彼女に対してどんな想いがあるかは今のところ置いておくにしろ、彼に任せれば、少なくともだけは大丈夫だろう。たぶん。

 ――その予感が当たっていた事は、翌日の夕方に実証される。





「わざわざ送ってくれてありがとね、太乙」
「や、私も雲中子に用があったからね! それより悪かったね、お陰で少し遅れてしまったようで!」
「んーん、だいじょぶ。おーい雲ちゃーん、来たわよー……ってあれ? おかしいわね」

 蛍光灯を灯すぱちりという音が妙に響く静まり返った雲中子のラボ。どうしても気になって暫く引き止めた上に一緒に来てみたけれど、私より気配に敏いも首を傾げているところをみると、電気も付いていなかったここに人の気配は無さそうだ。普賢が上手くやったということだろうか。でもそうだとして、この後どうする?
 に妙な薬を飲ませない事しか考えていなかった自分に軽く呆れつつ、でも目的は達成できそうな事にとりあえず安堵の溜息をちいさくひとつ。丁度その時、がこちらを素早く振り向いた。その整った顔に浮かぶのは怪訝な表情。

「……?」
「誰か居るわ……なんか、妙な足音がする」
「え、み、妙って?」
「酔ってるのかしら……? 千鳥足っぽい……」

 酒を飲むには早い時間。しかも雲中子はザルだ。酔って千鳥足になるようなタイプじゃない。が眉根を寄せている所を見ると、相手は特定できないらしい。この洞府の主以外の怪しい足音に、思わず私とは身を寄せる。……というか、情けない事に、煽鉾華を構えるの背中に私が隠れているといった方が正しいけど。

「どどどどどうしよう、侵入者!!!?」
「そうだとしても、ホントに酔ってるんなら……そう危険は無いとは思うけど……」

 そうこうしているうちに、足音は私にも聞こえる大きさになってきた。確実にこちらに近付いているそれの発生源は奥の扉の向こう。そこからある程度の距離をとり、その「誰か」が扉を開くのを待つ。ごくり、と生唾を飲んで目を閉じた瞬間、扉が軋む音がした。

「「……!!」」

「……、太乙……?」
「太公望!?」

 耳に届いた聞き覚えのある声とが呼んだ名前が脳内で一致した。恐る恐る目を開けば、どこかとろんとした目つきで、頬も耳も赤く染めた太公望が瓶を片手に頼りない足つきで立っている。……な、なぁんだ、怖がって損した!
 気を緩めて一歩前に出ようとすれば、の細腕に遮られる。太公望を凝視したままの横顔に視線をやれば、彼女は唇を動かさずに私に耳打ちする。

「……待って、なんか様子がおかしい」
「……?」
「のう……雲中子を知らんか……?」
「知らない……けど……どうしたの……?」

 ぽやぽやという表現がぴったりの様子で太公望が口を開いた。未だ警戒を解かないに倣って、様子がおかしいという彼を観察してみる。確かに、酔っているというよりは、幻術か何かに掛かっているような焦点の合わない瞳をしている。なんなんだ!?

「この豊満の……桃ジュースを飲んでからのう……雲中子の傍に居らねばならん気がして仕方ないのだ……雲中子……どこ行きよった〜?」
「「………」」

 覚束ない足取りのまま太公望は踵を返す。ふらりふらりと来た方向に戻り、やがて見えなくなった彼を呆然と見送っていたら、後ろからちょいちょいと服を引っ張られた。思わず叫びだしそうになるのをの腕に縋って何とか抑えて振り返る。私とが見下ろす先に居たのは、この洞府の主にしてきっとこの騒動の張本人――雲中子だった。

「……太公望は行ったかい?」
「びっ……くりさせないでくれよ、雲中子!!!!」
「雲ちゃん……説明してよね。なにあれ」

 彼の言葉から危険は去ったと判断したらしい。呆れ顔のがしゃがんで雲中子を小突く。しかし、それでも雲中子は物陰で膝を抱えた体勢のまま。よくよく見れば顔が引き攣っている。珍しい。
 立ち上がる気配の無い雲中子に合わせて私たちが屈むと、雲中子は大きく嘆息した。

「いやぁ……なんだか、薬の調合に失敗した? らしくてねぇ……豊満味っていうのを嗅ぎつけてきたのか、勝手に飲んだ太公望がアレなんだよねぇ……」
「「……は?」」
「いや、失敗というよりはあれだねぇ、あの瓶一本全部飲み干しちゃったのがマズいんだと思うけどねぇ」
「……ねぇ、結局アレはなんなの? 体力増強剤じゃなくて、なに?」

 の額にうっすらと青筋が浮かぶ。め、珍しい! 豊満味、というのと昨日の会話から、自分が飲まされるかもしれなかった事に気付いたらしい。あれマズイよきっとあれだよ太公望の異常な様子と雲中子の怯えっぷりからして……惚れ薬的な! ああああ危なかったホント危なかった昨日気付いて止めに来て良かったぁぁぁあぁああ!!!!
 思わず小さくガッツポーズ。グッジョブ普賢! 一応二人には隠れるように拳を握ったけど、騒ぎの張本人はそんな私の安心など知らず、藍色の瞳の無言の追求から逃れるのに忙しいようだ。

「……ア、レはねぇ、体力増強剤を作ってるときに偶然生まれた、ちょっと効力が分からない薬だった……かな? もう少し実験しようと思って分けて置いてあったんだけどねぇ、桃の香りが物凄く強く残ってたから、太公望が豊満酒と勘違いしたんじゃないかなぁ? 体力増強剤はちゃんと作った物が小瓶に別に分けてあるから、アレとは違うんだよねぇ……」
「……ふーん?」

 いつになく饒舌な雲中子に不審げな表情を見せるだけど、これ以上の追求は多分無駄だと思ったのか、心が広い、もとい身内への警戒心に欠ける彼女の性質なのか、まーいいわ、と一言呟いて身を起こした。え、いいのこれで? ちょっと心配になるけど、ここで私が色々言っても普賢と私の差し金で雲中子の計画が潰れたらしい事が露見しても面倒だし、曖昧に笑ってお茶を濁しておいた。

 ……後日、崑崙山では、良い笑顔(傍から見たら天使の笑顔、内情知ってる私が見たら腹黒い笑顔)をした普賢がに警戒心とは何ぞやと説いていたり、覚えのない二日酔いと一日分の記憶喪失と謎の豊満恐怖症に首を傾げる太公望が居たり、雲中子が珍しく怪しい実験を自粛していたりと、不思議な光景が続いた。
 やっぱり、こういうのはなんだかんだ言って正攻法が一番なんだよねぇ……の額に浮かんだ青筋を思い出して、背筋を正した今日この頃。




<end>




あとがき