一人暮らしには少し広い部屋に、ゴリゴリという石を擦り合わせる音が響いている。
*姫発の場合*
「…ねぇ発っちゃん」
「あ〜幸せ〜」
「…聞いてる? 重いんだけど」
「ん〜?」
返事はしても、動く気配は全く無い。
はぁ、と嘆息しながら振り返れば、目の前にあるのは弛んだ顔。
――西岐に来てから1ヶ月。
今思えば、私にとって全くの未開の地だったこの街に、こんなにもすんなり順応できたのは、全てこの人のお陰だと言っても過言じゃ無い。
初めて会った時、叫びながら凄い勢いで飛びついてきた時には相当警戒したけど…。
話してみると案外普通で。
…ううん、むしろ普通よりしっかりしてるかな。仲間想いで面倒見いいしね。
初めて来たって言ったら遊び友達と一緒に街の案内してくれたし。
私が馴染むまで毎日様子見に来てくれたし。
…今もほぼ毎日来てるけど。
商売の方でもすっかり常連さんになってくれたしね。
その上、毎回新しいお客さん連れて来たりして。
お陰で生活も軌道に乗ってきたよ。
――もし、発っちゃんに出会ってなかったら、今の私は無いよね…。
「…ありがとね」
「…ん?」
「んーん、何でもない!! …それよりさー…今、誰かさんが相場の半額で頼んできた二日酔いの薬調合してるんだけど」
「…おぅ」
「誰かさんがしがみついてるせいで手元狂いそう…今回は失敗しちゃうかもなぁ〜…まーでも半額だし、ちょっと位はいいけどさー…」
「う……」
すごすご離れると私の正面に腰を下ろす発っちゃん。
ちぇー、って言ってむくれてるよ。
わざとそういう顔してみせてるのは分かってるけど…今日はフォローしとこっかな。
「…発っちゃんの抱きつき癖、育ての親達を思い出すから嫌いじゃないんだけどね!」
「…親、かよ……」
――ありがとう、って、その一言。
たまには改めて言うのもいいでしょ?
あなたに出会えて良かった。
これからも、宜しくね!